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第90話 モトカレ(7)

 それはちょっと違うんじゃないか?と和樹は思うけれど、哲と倉田の価値観については、和樹の理解力では既にキャパオーバーで、深く考えるのはやめることにした。  その代わり、涼矢の反応を見ようと、隣に目をやる。涼矢は例の無表情で、感情は読みとれない。  その無感情な顔のまま、哲に「俺にどういうリアクションを期待してるんだ?」とダイレクトに聞いた。 「そうだなあ。」哲は両手を開いて、手の平を涼矢に向けた。小首をかしげつつ、片手を軽く手招きのように振る。「そっちも同じようにやれ」という意味だと解釈して、涼矢も手の平を哲に向けた。そこに哲はハイタッチのように自分の手の平を当て「イェーイ! マイフレーンド!」とテンション高く言った。  それを見て、和樹は思い出した。涼矢が哲について説明してくれた時、「初対面の人ともハーイ元気?ってハイタッチしそう」な、「アメリカのドラマに出てくるノリのいい高校生みたい」な奴だ、と言っていたことを。  だが、涼矢は当然のように同じテンションになることはなかったし、「イェーイ」と雄たけびを上げることもしなかった。  むしろ無表情以上に冷え切った顔で、無言で手を引っ込めると、哲に言った。「友達だと思ってていいけど、和樹の前で俺と寝てみたいとか言わないでくれる?」  おそらくは予想外の反応に、哲の顔からも笑顔が消えた。「でも、絶対寝ないって決めたってことまで、ちゃんと言ったじゃん。」 「そんなことはどうでもいい。誰と寝たいと思おうが、思うのは仕方ない、ただ、和樹の前で口に出すなって言ってんだよ。」 「なんだよ、そんなの冗談に」  哲が言いかけた言葉を遮って、涼矢が言う。「そういう冗談、俺もこいつも慣れてない。分かるだろ、それぐらい。」  哲は黙り込む。場が白ける。涼矢の言っていることは正しい。哲の言葉が不愉快だったのは事実で、はっきりとそう言ってくれて嬉しい。けれど、場の空気の悪さに、和樹は耐えきれなくなった。「俺は、大丈夫だから。冗談だって分かるし。」 「でも、気分悪いよな?」倉田が言う。そして、右手で哲の頭を無理に下げさせた。「謝れよ。」 「……悪ぃ。」 「それは謝罪じゃない。」 「すいません。」  倉田は涼矢に目をやる。「許してやってよ。俺も悪かった。」  涼矢は倉田を見据える。「俺こそ、うまく流せなくてすいません。」 「うん、確かに。」倉田の手がテーブルの上を探るように動いた。無意識に煙草を探していたようだ。やがて和樹に預けたことを思い出したらしく、ふいに止まる。「そんなんじゃしんどいだろ、きみ自身が。」 「普段はもうちょっとうまくやれてるつもりなんですけどね。」 「そうだよ、この程度の話なんかいつもしてるけど、田崎、怒んないじゃん。」哲が口をとがらせた。  倉田が哲の頭を、ごく軽くだが、はたいた。「都倉くんの前だからって言ってるだろうが。」 「あ、すみません。なんか、俺の。」和樹が言いかける。が、俺のせいで、とは言いたくない。別に俺のせいじゃない。そこで言葉が詰まる。 「いつもは哲の話、あんまり聞いてないから。」涼矢が言った。 「え。」哲が涼矢をまじまじと見る。「何だって?」 「哲の話、登場人物が多くて分かりにくいから、あんまり聞いてない。」  倉田がまた声を出さずに笑い出す。 「えええ。」哲は逆に大げさな声を上げた。「ひどくね?」 「ひどいかな。俺が返事しなくても勝手にしゃべってるし、満足そうにしてるからいいかと思ってたんだけど。今度からちゃんと聞けって言うなら、努力はする。」 「さすが哲の友達だな。」倉田が笑いながら言った。「今度、人物相関図書いてやれよ。出てくる奴、彼氏ばっかりになりそうだけどな。」 「本当にそうしてやる!! 相関図書いてやる! 歴代彼氏の一覧作ってやる!」哲はテーブルを叩きながら言った。 「そうしてもらえると助かる。」この話題になってから初めて、涼矢は少し笑った。

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