91 / 1020
第91話 Hold on(1)
なんとか和やかな雰囲気になったところで、食べ放題の制限時間が迫っていることを店員が告げに来た。そして、サービスデザートです、と、小さなアイスが供された。
「俺、要らないからやる。」倉田は哲にアイスの皿を渡す。
「ラッキ。」哲は2つのアイスを前にニコニコしている。
「俺のもあげようか。」と涼矢が言った。
「なんで?」
「これじゃ乳脂肪分が足りないんだよ。……だろ?」涼矢をチラリと横目で見ながら、そう言ったのは和樹だ。
「なんだって?」哲は聞き返した。
「アイスクリームは好きだけど、ラクトアイスは好きじゃない。」涼矢が答えた。
「よく分かんないけど、くれるんならもらう。けど、俺で良いの? 都倉くんにあげれば?」
「俺は1個あればいい。」と和樹。
「あっそ。じゃ、もらう。」哲は計3つのアイスをペロリとたいらげた。「あのさ、思ったんだけど、都倉くんももう友達だよね。本物の。」
「また妙なことを言い出した。」倉田が苦笑いをする。
「そういうことにしておいたほうがいいと思う。そうじゃないと、つい、ヨコシマな目で見ちゃうからさ。……っと、田崎、怒るなよ?」
「ヨコシマな目で見ない努力をするという意味なら、怒らない。」
「それそれ。その意味。」涼矢にそう言ってから和樹に視線を移す。「ね?」
そう言われたところで、当然のことながら手放しで大歓迎とは言えない心境の和樹だったが、ここで拒否するのもおとなげない。「別に……構わないけど。ていうか、友達ってそんな、宣言してからなるものでもないし。」
「俺は宣言しないとなれないの! じゃないと本能で行動して食っちゃうから!」
「ああ、はい。じゃあ、友達で。是非友達で。絶対に友達で。」
「よっしゃ!」哲は立ち上がり、和樹のほうに両手を伸ばし、手の平を見せた。それを見た瞬間に、和樹の中で、何かが振り切れた。和樹も立ち上がり、同様に手を出した。この先の展開は分かっている。
「「イエーイ! マイフレーンド!!」」と声を揃え、ハイタッチした。
「……何だよ、おまえら。」倉田は面食らっている。和樹と哲の間に見える、涼矢と目が合う。「世代のノリってやつか? そういう世代なのか?」
「俺に聞いてますか?」悟りの表情を浮かべた涼矢が、倉田に言う。
「……いや。」倉田は苦笑した。
和樹と哲が連絡先交換をしている間に、倉田が会計を済ませてくれた。店を出て、涼矢と和樹はごちそうになった礼を言う。
駅に向かって歩き出そうとした時に、哲が涼矢を引きとめた。「そうだ、田崎。グループワークの件なんだけどさ、資料誰が持ってるか知ってる?」
「俺。USB持ってるよ、今。」
「借りてい? 俺んとこで、パワポにしてみる。んで、返すのは、休み明けでい?」
「ああ。」涼矢がバッグを探って、USBメモリを出す。「これコピーだから、いつでもいい。」
「サンキュ。」
それと同時進行で、和樹は倉田と話していた。
「これ、本当に俺が持ってていいんですか。」和樹は倉田に煙草を見せた。
「うーん。」倉田は煙草を手に取り、名残惜しそうにしばらく見つめた。やがて決心がついたようにうなずき、「……うん、いい。いいよ。持ってて。」と言って、和樹の手に戻した。
「でも、これ、俺が持ってても仕方ないんですよね。捨てちゃっていいですか。」
「だめだよ、持っててよ。都倉くんが持っててくれると思えばこそ、禁煙頑張れるんだから。」
「そうなんですか?」
「そうだよ。どうしても我慢できなくなったら、それを返してもらうのを口実に、きみに会えるわけだろう?」倉田は和樹を意味ありげに見つめた。
「ぶっとばしますよ。……涼矢が。あいつ、意外と強い。」
「……捨てる時には、俺のことを思い出しながら捨ててね。」
「よーく拝んでおきますよ。成仏してくださいって。」
「きみに昇天させてもらえるなら本望だなあ。……痛っ!!」倉田は頭を押さえた。背後には哲がいた。
「おっさん、いいかげんにしろ。」
「あら、そっちの話、終わっちゃったの。」
「帰るよ。」哲は倉田の手をつかんだ。「じゃあね、俺たち、タクるから。」和樹たちに向かって、空いているほうの手を振った。
「ここからタクシーっていくらかかると思って……。」
「タクシー代ぐらいケチケチすんなよ、若いカラダをタダで味わってんだからさ。」
「ビッチはやめるんじゃなかったのか?」
「ヨウちゃん一筋になればいいんだろ。」
「ああ?」
「俺たちも遠距離頑張ろうね。」哲は倉田に笑いかける。
「哲、何言って。」
「あ、来た。」哲は手を上げてタクシーを止めた。「じゃね、また!」哲は倉田をタクシーに押し込める。2人を乗せたタクシーはあっという間に走り去っていった。
残された涼矢と和樹は、顔を見合わせた。
「ヨリ……戻すのかな?」と和樹が呟いた。
「戻すと言うか……一本化するということかな?」
「変な奴、おまえの友達。」
「ああ、おまえの友達な。」
和樹は涼矢の手を握る。「俺はおまえがいい。」
「何、急に。」
「涼矢がいい。涼矢が好き。涼矢だけが。……そう言いたくて仕方なかった。」
涼矢は和樹の手を強めに握り返した。「帰ろ?」手を握ったまま、涼矢が歩きだす。
「うん。」駅に近付くにつれて人通りが増えてきて、どちらからともなく手を離した。でも、不安にはならない。手をつなごうが離そうが、俺たちは、大丈夫だと思う。
ともだちにシェアしよう!