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第92話 Hold on(2)

 西荻窪の駅から和樹のアパートまで、2人は一言も会話を交わさなかった。吉祥寺からの1駅の間に何かの諍いをしたわけではない。むしろ逆だった。2人で並んで歩いているうちに、加速度的に高まっていったのだ。互いへの愛情が。そして、性欲が。哲たちの露悪的な言動に当てられたせいもあったし、和樹の相手は涼矢でなければならず、涼矢の相手もまた和樹でなければならない、そのことを再確認したせいでもあった。とにかく、2人は激しく相手を求めていた。  感情の加速と共に、実際に歩くスピードも徐々に速まった。最後の曲がり角を曲がる頃には、小走りと言っていいほどだった。アパートの階段は駆け上がるように上った。和樹が鍵を開けると同時に、涼矢は和樹を後ろから押すようにして、2人同時に玄関内に入った。すかさず涼矢が後ろ手に鍵を閉める。狭い玄関で2人が立つスペースはほとんどない。散乱する靴を更に蹴散らして、涼矢は和樹を壁に押し付けてキスをした。涼矢の性急で荒々しい振舞いにも和樹は驚かなかった。自分もそうしたかった。すぐに涼矢の首に手をまわして、キスに応じる。舌を絡めて、涼矢の歯の裏にまで舌先を伸ばした。キスしながら、和樹は下半身を涼矢にこすりつけた。涼矢がズボンのベルトをガチャガチャと外す音がした。 「そっち向いて。」涼矢がささやく。和樹は壁を向いて自分でズボンを膝まで下ろした。そこから先と、下着のパンツは涼矢が脱がせて、部屋の中に放り投げた。脱がせる時にスニーカーにひっかかったから、スニーカーも脱がせ、他の靴の上に重なるのも構わず転がせておいた。それから、背後から和樹の前へと手を回して、ペニスを握った。 「あっ。」と和樹が声を上げる。涼矢は和樹のペニスを、初っ端から容赦なくしごいた。「やだ、涼、ここ、玄関……んっ、や、あっ……。」 「そ、玄関だよ。だから。」涼矢が、しごいていないほうの手で、和樹の口を塞ぐ。 「んんっ。」くぐもった声で和樹が喘いだ。お尻の谷間に押し付けられた涼矢のペニスも硬くなっていくのを感じた。耳の裏や首筋を涼矢に舐め上げられて、ゾクリとする。口元を押さえる涼矢の手を、いやいやをするようにふりほどいて顔を後ろを向け、自分からキスを求めた。お互い口を半開きにして、唇を食み合うようなキス。だらしなく閉めきっていない口の端から唾液が垂れるのも構わずに、舌を絡め合う。ぴちゃぴちゃという水音と、ハアハアという荒い息と、甘い喘ぎが続く。  ある瞬間、和樹は再び壁のほうを向いた。両手の肘から先を壁にくっつけて身体を支える。もう下半身には力が入らず、そうでもしなければすぐにでも崩れ落ちてしまいそうだった。 「あん……涼、無理、もうっ……。」 「出して。」涼矢はしごく手を休めないどころか、もう一方の手もそこに添えて、益々激しく刺激した。 「やだ……中、挿れ……ほし……。」喘ぎの合間に、和樹は切ない声でそう言った。 「挿れたい、……から、1回、出して。」涼矢の声にも余裕はない。 「あ、んっ、ああっ。イク、もう、あん……っ。」  和樹の先端から迸る白いものを、涼矢は一滴も漏らすまいとするように手の平に受けて、すぐにお尻へと持っていく。まだ息も整っていない和樹のアナルに、いきなり2本の指でそれを塗り込めた。ここまで来れば、和樹もそれが潤滑剤の代わりだということに気づく。狭いワンルーム、数歩も行けばローションもコンドームもある、その数歩さえも惜しんで涼矢が自分を貪ることに、和樹は震えるほど欲情した。 「ひあっ!」指がぐいっと奥まで入ってきて、和樹の身体が一瞬びくんと弓なりになる。スムーズにたどりつけたことを確かめただけで、涼矢はすぐに指を抜いた。間髪入れずにペニスを挿入する。いつものように和樹にそうしていいかと声をかけることもしない。涼矢の口からは、ただひたすらに激しい息遣いだけが聞こえた。 「ああっ。」和樹の口のほうからは、思わず大きな声が出た。玄関先なのに。ドア一枚隔てた向こうは、いつ誰が通るかもわからないのに。その緊張感と、ある種の背徳感が余計に身体の感度を上げて、少しの動きにも反応してしまう。和樹はなるべく深くうつむいて、声が漏れださないように気を付けた。和樹のそこは、あっけないほどすぐに涼矢を受け容れ、さっき果てたばかりのペニスも、再び硬くなっていた。

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