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第93話 Hold on(3)
和樹の、懸命にこらえつつも漏れてくる喘ぎと、涼矢の荒くせわしない息。涼矢の動きに合わせて、ずり下げたズボンのベルトの金具がカチャカチャと鳴る。そして、2人のつながった部分からは、精液にまみれた涼矢のペニスが、和樹の内壁をこすりあげる湿った音がした。
「涼、来て、い、から、中、でっ……イッて……。」
和樹の許しがあったからなのか、なくてもそうしたのか。涼矢は最後に「んっ」とだけ呻いて、和樹の中に迸らせた。そして、和樹の肩をぎゅっと抱いた。
「か、かず……。」息が切れて、名前を呼ぶこともままならない。和樹は背後に顔を向けて、涼矢にキスをせがむ。涼矢は和樹の顎をつかんで、激しいキスをした。涼矢はその唇を引きはがすようにしてキスを終えてから、挿入したままだったペニスを抜いた。そしてズボンを上げて、ファスナーを閉めた。ベルトは留めない。和樹の手を引いて部屋の中に入ろうとして、自分がまだ靴を履いたままだと気付いて脱いだ。
涼矢は無言のまま、改めて和樹の手を握ると、その手を引いてバスルームのほうへと向かった。脱衣スペースで和樹のシャツのボタンを外しかけると、和樹がその手を止めた。
「自分で脱ぐ。涼矢も脱いで。」
涼矢はうなずきもしなかったが、自分のシャツ――和樹にもらったシャツのボタンを外し始めた。既に下半身は何も身に着けていない和樹のほうが当然先に全裸になって、浴室内に入る。中出しの後始末をしているところに、涼矢も入ってきた。
「髪、洗わせろ。」と涼矢が言った。
「ん。」和樹は予想通りと言わんばかりに、すぐに頭を涼矢のほうにつきだした。洗い場は狭く、2人とも立ったまま、涼矢が和樹の髪の毛を洗い出した。最後のすすぎを終えると、和樹が「おまえのは、どうする? 自分で洗う? 俺がやってやろうか?」と言った。
「自分でやる。」
「ん。じゃ、先、出るわ。」
「ああ。」
しばらくして、涼矢も浴室を出てきた。髪はまだ湿っているから、ドライヤーはせずにタオルドライだけなのだろう。和樹の待つベッドに入ってくる。和樹の髪も完全には乾いていないが、涼矢のように長くはないから、もう既に乾き始めている。その髪に顔を埋めて、涼矢が言った。
「和樹の匂いになった。」
「ん。」和樹もまた涼矢の髪を手櫛で梳くようにして、その毛先の匂いを嗅いだ。「おまえも良い匂いになった。」
「……煙草、だろ?」涼矢が言った。
「うん。」
「さっきは、あのおっさんの匂いがして。」
「そう、おまえもしてた。」
「むちゃくちゃむかついた。」
「超わかる。」
「焼肉の匂いならまだしも。」
「うん。」
「だから。」
「うん。」和樹は涼矢を抱きしめた。「仕切り直ししよ。」
「さっき、あんまり優しく出来なかったし。」
「むかついて?」
「うん。……でも正直、結構昂奮したけど。」
「俺も。」
「おまえ、あのおっさんの煙草、持ってんの?」
「ん? ああ、うん。でも、捨てていいって。」
「どこ?」
「ズボンのポケット。ライターも。」
涼矢はさっき放り投げたズボンを目で探すと、すぐに見つかった。投げた拍子にポケットから飛び出たらしい煙草とライターが、確かにその近くに散乱していた。
「捨てて、すぐに。」
「うん。でも、ライターは何かに使えるかも。ほら、ケーキのキャンドルとか。」和樹は昨日のことを思い出して笑ったが、涼矢はますます仏頂面になった。
「でも、捨てて。」
「分かったよ。おっさんの話はもうやめよ?」
涼矢はうなずいて、2人は、抱き合って、キスをした。
翌朝、先に起きた涼矢は、まっさきに床に散乱したままのズボンと煙草とライターを回収した。その物音で和樹も起きた。
「おはよ……って、すげえ頭。鏡見た?」和樹は起きるなり笑い出した。
「俺も今起きたとこ。鏡見なくても分かってる。ちゃんと乾かさないとひどいことになるんだよ。だからいつもドライヤーしてる。」涼矢の髪の毛は、四方八方に元気よくはねていた。
「サラサラヘアーだと思ってたのに。」
「あれは努力の賜物。」
「それはそれで可愛いけど。」
「じゃあ、今日はこのままでいようか?」
「いいけど、外には出られないな。」
「俺は構わないよ。狭いワンルームで、2人っきり。」
「はは。」
「んっ?」涼矢が突然、眉をひそめて、不快そうな顔をした。
「どうして?」
「……昨日の。」涼矢は倉田の煙草を和樹に渡した。
「え? これがどうかした?」
「裏、見てみろ。」
和樹は煙草の箱を裏返した。すると、外装フィルムのところにメモが挟まっていた。メモには、電話番号らしき数字。「いつの間に、こんな。」
「発想が昭和なんだよ。おっさんが。」涼矢は和樹から煙草を取り上げて、握りつぶしてゴミ箱に入れた。
「……涼矢さ。」
「ああ?」涼矢にしては珍しく、苛立ったままの声でぶっきぼうに返事をした。
「おっさんの名前、覚えてる?」
「は? 知らねえよ。名乗ってたっけ。」
「最初に会った時に言ってた。」
「そうか? 別に知らなくてもいい。」
「哲がどう呼んでたかも、覚えてない?」
「だから、おっさん、だろ。」
「じゃなくて、もうひとつ。」
「それ以外にあったか?」
「あったよ、倉田さんのこと、哲はあだなで呼んでた。」
「倉田なんて名前だっけか。」
「そうだよ。で、哲にはヨウちゃんって呼ばれてた。」
「ふうん。」
「清々しいほど、倉田さんを排除しようとしてるなあ。」和樹は笑った。
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