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第94話 Hold on(4)

「どうせ二度と会わないしな。」 「哲の本命になったら、また会うかもよ?」 「会・い・ま・せ・ん。」  和樹は涼矢の前に立ち、両肩に手を置いた。「違うだろ? 俺には二度と、会・わ・せ・ま・せ・ん、って言いたいんじゃないの?」  涼矢の顔が赤くなる。「るせえよ。」 「ありがとうな、昨日。」 「急に何。」 「哲のこと。俺の前でああいうこと言うなとか、言ってくれて。」 「……空気読めてなかったけどな。」 「いいんだ。そんなの。すっげ、嬉しかった。」 「……会わせなきゃよかったって、思ってた。和樹に悪いことしたって思ってて、途中まで。」 「別に、大丈夫だよ。楽しかったよ。」 「で、なんかよく分かんないノリだったけど、最後は友達になったわけだろ、おまえと哲。」 「あー、あれね。うん。」 「だから、良かった。」 「話を省略しすぎてないか? なんとなく分かっちゃった自分が怖いけど。」 「うん。だからつまり、和樹って、やっぱりすごいなって。あそこからの、友達とか。俺にはできないから。」 「でも、最初に友達になったのは涼矢なんだろ? だから、おまえだってすごいよ。」  涼矢は、ふは、と変な笑い方をしてから、和樹を抱きしめた。「ありがと。」 「何が? ほめたから?」 「それも。それから……とにかく全部。」 「省略しすぎだっつの。」和樹は笑って、涼矢に軽くキスをした。キスして、元の位置に戻った瞬間に、和樹の目がわずかに上に移動したことに、涼矢は気づいた。和樹の口元が笑いをこらえるように微妙に震えていることにも。 「……やっぱり、髪、直してくる。」涼矢は洗面所で髪を濡らす。  和樹がそこへやってきた。「ね、ちょっと、俺にやらせて。」 「何を。」 「髪のセット。」 「変な頭にする気だろう。」 「するかよ。でも、出来上がりまで内緒にしようかな。こっち向きで、鏡見ないで。」  渋々ながらも涼矢は鏡に背を向けた。「不安だなあ。」 「大丈夫、俺って結構こういうのは器用だから。」 「俺ぐらいの長さまで、伸ばしたことないだろ?」 「あるよ、10歳ぐらいまで、俺、おふくろの趣味で、マッシュルームカットって言うの? あんなような頭してて、今のおまえより長いぐらいだったよ。休みの日なんかハーフアップだのソフトリーゼントだの、いろいろやられてた。ほら、うちのおふくろってファッション業界出身だから、髪いじるのも好きでさ。娘がいれば、もっといろいろ遊びたかったんだろうけどね。」 「マッシュルームの頃の写真、見たい。今度和樹が帰省した時、アルバム見せてよ。」 「絶対笑うから嫌だ。」 「可愛いに決まってる。」 「俺、その頃、真ん丸で。太ってはなかったけど、ぷにぷにしてて、丸顔で、頭もマッシュで。目とか今みたくはっきり二重じゃなくて、もっさーとしてた。ある意味可愛いけど、おまえの想像する天使ライクなルックスじゃないよ。」 「俺が天使ライクな想像するって……随分な自信家だな。」 「だって、おまえがしょっちゅう俺の顔がいいとか言うから。今の顔ベースで考えてると印象違うよって言っておかないと、期待してガッカリということに。」 「だとしてもさ、とにかく髪いじってたのはお母さんなんだろ? おまえにそのスキルはないんだろ?」 「見てれば、やり方はだいたい分かるって。」 「本当かなあ……。」  涼矢の不安をよそに、ドライヤーを手にした和樹は鼻歌混じりにセットを始めた。    いつもは下ろして、斜めに流し気味にしている前髪を立ち上げようとしている。それに気づいた涼矢は慌てた。「俺、オデコ出すの嫌だからな。」 「え、なんで。」 「似合わないし、とにかく嫌だ。」 「似合うように仕上げるから。」 「本当かよ……。」 「ほんとほんと。どっちにしたって、さっきのスーパーサイヤ人みたいな頭よりはマシになるって。」 「もう、普通に。無難な感じにお願いします。」 「そうだよ、せっかく伸ばしてるのに、普通に無難な頭ばっかりしてるよな。たまにはオールバックとかさぁ。」 「絶対嫌だから。それだけは絶対しない。」 「なんでだよ、おしゃれなオールバックだってあるじゃない。」 「例の爺さんがオールバックだったんだよ……。」  その言葉にと言うよりは、そう言った時の涼矢の悲壮感溢れる表情に、和樹は声に出して笑った。棚からヘアワックスも取りだした。「ちゃんと似合うようにするから、大丈夫だってば。」  そうやって、立ち上げたり撫でつけたりして、ようやく和樹が「完成」と言った。ところが、涼矢が鏡を振り向こうとすると、手で止めた。 「なんだよ、もう見てもいいんだろ?」 「もいっこ、アイテムが必要。」 「アイテム?」 「メガネ持ってきて。」 「えー。」 「いいから。」  涼矢はのそのそと動き、カバンからメガネを出した。「かけるの? 今?」 「うん。」  涼矢は和樹の目の前でメガネをかける。まだ、鏡は見せてもらえない。  和樹だけが先にその顔を確認した。「ほぉお。」その途端に和樹の顔がぱぁっと明るくなる。「やだ涼矢くん、アタシの予想以上に超絶イケメン。」 「なんでオネエなんだよ。」 「鏡見て、鏡。」和樹は涼矢の背中を押して鏡の前に立たせた。 「んあ?」という間抜けな声を出して、涼矢は鏡の自分を覗き込んだ。「……。」反応がない。 「どうよ?」 「これが……アタシ?」涼矢は自分の両頬に手をあて、目を見開くというオーバーアクションをしながら言った。 「でしょ? そうなるでしょ?」 「なるか。」元の無表情に戻る。「雰囲気違うとは思うけど……。なんか、すげ、恥ずかしい。」涼矢はメガネを外す。「前髪、崩したい衝動にかられるけど、やったら怒るよな?」

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