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第95話 Hold on(5)
「怒る。」
涼矢はもう一度鏡を見る。しばらく見て、再びメガネをかけて、また鏡を凝視する。「確かに……メガネあったほうがしっくりするな、これ。」
「メガネありきのデザインですから。」
「でも、恥ずかしい。勘違いしてる奴みたいじゃない?」
「俺ってカッコいいだろ?的な。」
「そうそう。」
「カッコいいもん。勘違いじゃないし。」和樹は鏡を見ている涼矢を背後からハグして、鏡越しに涼矢に話しかけた。「今日1日はキープして。」
「えー……。」
嫌そうな顔をする涼矢と反比例して、和樹はウキウキと楽し気な顔になる。「やっぱり出かけたいよね、これ見ちゃうと。自慢して歩きたい。」
涼矢は鏡の中の、肩のところに顔を出している和樹の顔をじっと見る。「おまえと一緒に外歩いてる時は、俺は常にそう思ってる。みなさま、こちらのイケメンをご覧くださいって心の中で言いながら歩いている。」
「ははは。何だよ、それ。」
涼矢はくるりと半回転して、和樹の顔を両手で包む。「でも、昨日のおっさんみたいなのもいるから、誰にも見せずに閉じ込めておきたくもある。」
「監禁かよ、犯罪だろ。」
「ん。」唐突に涼矢は和樹にキスした。
和樹は一瞬びっくりして、目を見開いた。そして、涼矢の首に腕を回し、その腕以外を脱力させて、涼矢に半ばぶら下がるような姿勢を取った。「だめだ、その顔で不意打ちとか、チート過ぎる。」
「メガネ効果テキメン過ぎる。」
「おかしいなあ、俺、別にメガネっ子をいいと思ったことないんだけど。」
「うん、俺のデータベースにもその情報はない。」
「どうしてだかおまえが言うと説得力があるな。」
「伊達に3年もストーキングしてない。」
「そうだった、おまえ既に犯罪者だった。」
「盗んだのはあなたの心ですってやつか?」
「誰がルパンだ。ちげえわ。……いや、違わないのか。」和樹は至近距離に顔を寄せて、まじまじと涼矢の顔を見た。「もっかい、して。」
涼矢が、え? という表情を浮かべる。「キスのこと?」
「何? 嫌なの?」和樹が若干すね気味に言う。
「嫌じゃないけど。そっちからするのかと思った。」
「そうだけど、なんか、されたかったの! いいからしろよ。」
「えー……。しない。」涼矢は和樹の腕をほどいて、洗面所から出る。
「なんだよ、それ。」和樹は涼矢の後を追った。
涼矢はベッドにもたれるようにして、床に直に座った。その斜め前に和樹も座って、涼矢のあぐらをかく太ももに手を置いた。「いいだろ、キスぐらいしたって。」
「いいよ、はい。」涼矢は和樹のほうに顔を突き出した。
「だから、そっちから!」
「やだ。」
「なんで。」
「おまえの目が……。」涼矢は言いにくそうに口ごもる。続きを期待している、和樹から目をそらした。
「俺の目が、何?」
「いつもと、違う。」和樹を避けるように、勢いよく立ち上がったかと思うと、ポンとベッドに座り直した。それをまた追いかけて、隣に和樹が座った。
「いつもと違うって、何?」
「だから……、なんか、俺じゃなくて、別の奴、見てるみたい。」
「え?」
「メガネかけたせいなのか知らないけどさ、俺のこと、俺じゃない奴みたいな感じで、見てる。」
和樹は呆気にとられた。「……なんだよ、それ。メガネかけたぐらいで。おまえはおまえだろ?」
「そうだよ、そうなのに、おまえの態度がいつもと違う。俺を見る時の目も違うし、俺からキスしてほしいなんて、いつもは言わないし。浮気相手にでもされた気分。」
「う、浮気って……。」和樹はつい笑ってしまった。「何、涼矢、おまえそれ嫉妬してるのか? いつものおまえが、メガネのおまえに。自分で自分に嫉妬するなんて、器用なことするなあ。」
「うるさい。」逆切れするように涼矢は言い、メガネを外した。
「あ、だめだって。かけててよ。」
「やだ。」
和樹はまた涼矢の顔をじっと見る。そして、おもむろにキスをした。「うん。確かに、この状態だと、普通にキスできるな。」
「ほら見ろ。」
「じゃ実験。メガネかけて。」
涼矢は素直にかけた。その顔をまた和樹がじっと見る。そしてまたキスをして、じっと見つめる。「うーん。何故だろう。できなくはないけど、やっぱり、してもらいたい感じ。試しに、そっちからしてみてよ。」
今度は拒否されることもなく、涼矢の顔が迫ってきた。が、ギリギリのところで、止まる。「目、つぶれよ。」
「あ。」慌てて、目をつぶると、涼矢の唇が押し当てられてきた。
「どう? 何か違う?」涼矢は至近距離のままで聞く。
「違う。全然違う。なんだろ、これ。」和樹は自分の口を手で覆い、赤面した。
「そういうのも。」
「え?」
「いつもはしない。そんな、キスしたぐらいで、動揺っつか。」
「あ……。」和樹は口を覆っていた自分の手をじっと見た。「うん、そう。動揺してるんだよな。なんか、初めてキスするような気がする。キスの時、目をつぶるのかどうかも分かんなくなるし、どうやって呼吸するんだっけとか……だからえーと、メガネモードのおまえを前にすると、初恋みたいな気分というか……。」
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