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第96話 Hold on(6)
「初恋?」
「そう。ん、だから、そうだな。おまえの言う通りってとこもあって。今のおまえって、いつもの知ってるおまえじゃない気がする。あ、ほら、前にさ、あえて昔みたいに田崎と都倉って呼び合ってみたら、すげえ違和感だったって時あったじゃない? あれだよ、ああいう違和感。同じ人なんだけど、違う人みたいで……今のおまえは初めて会った人な気がする。で、一目見て、初めての恋に落ちた少女の気分なわけ、今の俺は。」
「少女の気分って、おまえこそ器用なことを。」
「言っただろ。俺、おまえのこと、何度も好きになったって。で、今も、それと同じなんだと思う。ルックスで惚れ直すパターンは初めてだったから、自分でもちょっとびっくりしたけど。」
「……。」涼矢はしばらくの沈黙の後、口を開いた。「じゃあ、これも俺なんだね?」メガネの自分の顔を指さす。
「そりゃそうだ。」
「この顔見ると、おまえは少女になっちゃうわけ?」
「そうそう。」和樹は笑う。
「自分からはキスを迫ることすらできない、オクテな子に。」
「そ」言いかけた和樹の唇を、涼矢が塞いだ。
「ホントだ。また、目、開けたままだし。」涼矢が笑った。
「今のは、不意打ち過ぎ……」言いかけた和樹は、また、同じことをされる。即座に目をつぶったが、今度は、今までよりも長いキスだった。
やっと涼矢が唇を離すと、和樹が「ぷはっ」と息を吐いた。涼矢は笑って、和樹の耳元にささやくように言う。「息を止めてたのは、わざと?」
「え、止めてた?」無自覚だったようだ。
「……なるほど。」
「何だよ。」
「このモードの楽しみ方が分かってきた。」
「ゲームみたいに言うなよ。」
「先に仕掛けたのは、そっちだ。」そう言って、涼矢はメガネを外した。
「えっ、外しちゃうの?」
「うん。だって、見慣れたら効果なくなりそうだから。レアなアイテムとして保っておいたほうが、いざという時に使えそう。」
「使えそうって! そんな! て言うか、いざって時っていつだよ!」
「さあね。」涼矢はニヤニヤしながら和樹に顔を突き出した。「ほらほら、いつもの俺だよ。そっちからキスして。」
「やだね。」和樹は立ち上がってキッチンのほうへ行く。かと思いきや、振り返り、涼矢を指さして言った。「せっかく俺がスタイリングしてやったんだから、後でどっか出かけるからな。その時はちゃんとかけろよ、メガネ!」
「気が向いたらね。」
「ケチ。」和樹は食パンをトースターで焼き始めた。
「トースト? 他に何か作る?」
「目玉焼きぐらいは俺だって作れる。」
「作ってくれんの? 俺の分も?」
「半熟具合がどうたらこうたら、文句言うなよ。」
「オクテがツンデレになった。第二形態。」
「うるせえよ。」
「俺、白身は完全に火が通ってて、周りが少しパリパリしてて、黄身は熱は通ってても硬いとこは全然ないのがいい。5cmぐらいの高さから落として、弱火でじっくり焼いて。ひっくりかえさないで、蒸し焼きにもしないで。塩だけ軽く振って、コショウはしないで。」
「知るか。」和樹はフライパンに卵を割り落とす。早速殻に引っかかって、黄身が割れてしまった。「はじめの一歩で失敗したじゃねえか。」
「なんで俺のせいみたいに言うの。」
「そんな風には言ってない。」2個目の卵をフライパンに落とす。「お、こっちは成功。」
涼矢が和樹の背後に立って、その肩越しにフライパンを見た。「俺、割れてるほうでいいよ。」
「いいよ、成功したほうやる。」
「悪いけどどっちも成功してないから。卵を落とす位置が高過ぎるんだよ。低い位置からそっと、が基本。でないと黄身の食感が」
「るっせえなあ、もう。おまえには1個もやらん。2個とも俺が食う。」
怒りながら振り向く和樹の肩をすかさず抱いて、涼矢がキスをした。
「何すんだよ!」和樹は唇を拭うような仕草をする。少し顔が赤い。
「いやあ、可愛いなあと思って。」
「余計なこと言ってないで、皿出せ。」
「俺も食っていいの?」
和樹は返事をせず、トースターからパンを取りだした。
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