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第108話 空蝉(12)

「やだって、涼矢、ちょ、やめ……。」和樹は涼矢の肩を押して、遠ざけようとするが、涼矢はかたくなにそこから離れない。遠ざけることは諦めて、その代わりに、可能な限り足を閉じた。涼矢は足に挟まれて押し出されそうになるが、今度はそれも押し戻す。 「大人しくしろって。」涼矢がいつになく強い口調で言うと、和樹の身体が一瞬、ビクッと震えた。それはごくささやかな反応だったが、涼矢はそれに目ざとく気付いた。「ふうん。」  その涼矢の一言で、2人とも動きを止める。和樹を見下ろし、何か企んでいるような顔をする涼矢と、怯えた顔で涼矢を見上げる和樹。だが、その怯えの中には、いくばくかの期待が込められていることにも、涼矢は気付く。 「な、何?」 「和樹って、ほんと可愛いよね。……どうしようかな。」 「どうしようって……ふ、普通に!」 「普通って。」涼矢は笑う。「これは普通?」涼矢は和樹のアナルに指を挿入した。 「ひあっ。」と和樹が声を上げる。  挿入した指を中でかきまわす。「これは? 普通?」 「あっ、やっ……。」和樹はさっきと同じように、顔を横に向けて、目をつぶった。涼矢は空いている左手を伸ばして和樹の顎を掴み、自分のほうに向けさせた。和樹は驚いて目を開ける。 「ちゃんとこっち見ててよ。メガネかけてるの、好きなんだろ?」  和樹の顔が一瞬で真っ赤になった。  涼矢はローションを足して、和樹のペニスとアナルを両手で刺激しはじめる。「足、開いて。」和樹は再度足を開く。「目、つぶらないで。」 「やだ、涼、恥ずかし……。」 「なんで? いつもやってるし。普通でしょ? 和樹の好きな普通。」和樹の羞恥心を煽りながら、涼矢は徐々に和樹への刺激を強めて行った。それに従い、和樹の喘ぎ声が大きくなっていく。ともすれば目をつぶり、顔を背けようとする和樹だが、その度に涼矢に指摘される。涼矢と目を合わせながら淫らな声を上げる。そのことが、より一層の刺激となって、和樹を感じやすくさせた。 「ゴム、つけて。」涼矢が自身の下半身を和樹につきつけるようにして、言った。涼矢が和樹にそんなことを、そんな風に言うのは初めてだ。和樹は操られるように枕元のコンドームを取り、上半身を起こすと、涼矢の屹立したペニスに装着した。 「でけえし。」と和樹が呟いた。 「安心した。」涼矢が笑う。 「こんなんがよく入るよな。」  それには返事をせずに、涼矢が和樹の腰を抱いた。「乗って。」 「キスしたいの?」座位を求められたらそう思えと言ったのは涼矢だ。 「キスしたいし、キスしながら挿れたい。」 「ん。」和樹はまずキスをした。そして、できるだけ唇が離れないように小刻みなキスを続けながら、涼矢にまたがった。その間もずっと目を合わせたままだ。  自ら腰を落とし、涼矢のペニスを自分の中に押し込めつつ、和樹は息を荒くする。「あっ……あん、んんっ……。」喘ぎ、キスをして、時に舌を絡めた。 「気持ちいい?」耳たぶを甘噛みしながら涼矢が言った。 「ん。」和樹はうなずく。涼矢にしがみつき、自分で腰を動かした。 「顔、上げて。ちゃんとこっち見て。」  うつむきがちになっていたのを、また、指摘される。すぐ目の前に涼矢の顔がある。「涼矢ぁ……。」自分の口からそんな甘えた声が出るとは思わなかった。涼矢は和樹の後頭部に手をやり、ぐいっと自分に引き寄せ、口づけた。その瞬間に和樹の全身を快感が貫いた。たかがキスされただけなのに。もう既に涼矢のペニスを受け容れ、腰を振り、つながった部分は淫らな水音を立てているというのに。  ――あ、俺、涼矢に、こうされたかったんだ。  メガネをかけた涼矢は、普段より大人びて見えた。もともと感情の起伏が少なく情報量の少ない表情が、余計に読み取りづらい。その冷たく冴え冴えした顔つきを、だからこそ崩してみたかった。必死に求められてみたかった。夢中にさせてみたかった。  今、目の前の涼矢がそうだった。メガネの向こうの目には情欲がたぎっていて、頬は紅潮して、余裕なく唇にむしゃぶりついてくる。 「和樹、見て。つながってるとこ。」下から突き上げながら、涼矢が言った。和樹は言葉の通りに、自分たちの接合部分に目をやる。涼矢のペニスが抜き差しされているのが見えた。白く泡立ったものが溢れている。自分のペニスもこれ以上ないほどガチガチに勃起していて、先端からは透明な液体が漏れだしていた。 「入ってる……。」今更ながらそんなことを言う。さっき見た、あれが。よくこんなものが入ると自分で言っていたものが、自分の中に確かに飲みこまれていた。 「入ってるよ。……和樹の中、きゅうきゅうして、気持ちい……。」涼矢はそう言って、また和樹の顔を上げさせて、キスをした。キスと言うより、顔中を舐めまわしているようだ。 「あっ、涼っ……! やだ、もう……あ、イクッ。」  終わった後、和樹はすぐに横になった。股関節が怠い。涼矢もその隣に横たわった。そんな頃になって、外が暗くなった。さっきまではあれほど容赦なく日が射して、痴態を余すことなく見せていたのに。  しかし、まだ日が落ちるには早い時間帯のはずだった。 「え、夕立?」涼矢が慌てて横にしたばかりの体を起こす。 「台風かも。近づいているって言ってた気が。」 「マジか。」涼矢は急いでTシャツと短パン姿になり、ベランダに出た。洗濯物を干していたのだ。それらはもう乾いていたから、ポイポイと室内に投げ入れた。涼矢がそれらを畳み始めて間もなく、雨が降り出した。間一髪で間に合ったようだ。すべてを畳み終えるところまで済ませて、ようやくベッドに戻ってきた。

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