114 / 1020

第114話 Only you(2)

 その時、和樹は何か思いついた様子で、ゴミ箱を抱えたままキッチンへ向かい、引き出しから何か出して戻ってきた。 「ほら、これ使え。」  差し出したのは割り箸だ。 「えー……。」露骨に不快な表情を浮かべながら、それでも涼矢は割り箸をパシンと割って、ゴミ箱の中へと挑んで行った。何層かのティッシュ塊をくぐりぬけ、その下にあるはずの煙草の箱を探る。「あった。」割り箸を使い、ひねりつぶされた煙草の箱をつまみあげた。「受け取れ。」 「断る。」 「……せめて新しいティッシュを。」  和樹はゴミ箱を元の位置に戻し、ティッシュを数枚取って、床に広げた。涼矢がその上に煙草を置いた。 「……はあ。」と涼矢が息を吐いた。「無意識に息止めてたわ。匂いそうで。」 「いや実際匂ってた。顔の近くだと。」 「ふざけんなマジで。ちゃんとゴミ出せよ。」 「そうしなかったおかげでこれが残ってた。」 「……じゃあ、それ、広げて。」煙草の箱は原型をとどめぬほどにねじりあげられていた。 「誰が。」 「おまえがだよ。俺の担当は今終わっただろ。」 「俺も終わった。ゴミ箱抱え係。」 「つまみあげ係のほうが負担が大きいだろ。」 「こんなに念入りにひねりまくったのは、おまえだろう?」 「おまえがよその男の電話番号とか安易に受け取るからいけない。これは俺の愛の深さの象徴だ。」 「憎悪しか感じねえ。」 「愛と憎悪は表裏一体……。」 「るせえよ、早くどうにかしろ。」 「使い捨て手袋とか。」 「ねえよ。」 「ったく。」涼矢は人差し指と親指だけで、他の指が触れないように注意を払いながら、どうにかそれをほどこうとした。「あー、なんかベタベタしてる……気がする。」 「気のせいだ。」 「これ絶対和樹の。」 「そんなもん分かるか!!」 「和樹の匂いがする……気がする。」 「しねえわ。俺のはもっと、フローラルだ。」 「栗の花だろ。」 「いや、フレッシュミントだ!!」 「その割にフェラした後にお口の中が爽やかになったことねえよ。」 「下品だな!!」 「おまえだよ。あ、出てきた。」 「何がっ!!」 「……連絡先のメモだよ。それ以外のもんが出てきたら嫌すぎる。」涼矢はメモだけを抜き取ると、煙草の箱のほうは即座に捨てた。「手ぇ洗ってくる。」  メモには電話番号だけでなくメールアドレスも記載されていた。洗面所から戻ってきた涼矢は、その両方を哲に送信した。 「でさ、哲はスマホ、どうしたの。失くしたわけ?」和樹が聞いた。 「知らない。スマホ使えなくなった、とだけ。」 「理由は聞かないんだ?」 「聞いても聞かなくてもこっちの対応は変わらないだろ。」 「そうじゃなくて、興味関心という意味で。哲ちゃんどうしたのかなー、何かあったのかなーって思わないんだ?」 「気色悪い呼び方するなよ。」 「え。」 「哲のことを、哲ちゃんとか。」 「あー。……何だよ、自分はどう呼ばれてもいいって言うくせに。つか、人の名前に関心ねえくせに。あっ、でも、俺が佐江子さんを初めて佐江子さんと呼んだ時も、ちょっと怒ってたよな。」 「俺の関係者のことを、俺よりも馴れ馴れしい呼び方で呼んでほしくない。」 「え、それもヤキモチ?」 「そうじゃないの。」 「結構ヤキモチ焼きだね。」 「そうだよ。」 「かーわい。」 「るせ。」  その時、涼矢のスマホが鳴った。「……未登録の番号、だけど。」言いながら、さっきのメモに目をやる。「倉田さんだ。」 「えっ?」 「もしもし? ええ、はい。田崎です。」しばらく涼矢は黙って話を聞くだけだった。その後、「あ、ちょっと待ってください。」と言って、涼矢は参考書の山をひっくり返し始めた。「分かりました、住所は後で送ります。……店の名前は分かんないです。ええ。はい、じゃ。」  電話を切った涼矢に、和樹は「何があった?」と尋ねる。 「哲のスマホ、例のバーの店長に叩き壊されたらしい。」 「え。」 「別れ話で揉めて……哲も殴られたみたいだ。」 「えっ。」 「本人からの電話ではそんなに大したことはないみたいだけど、明日は日曜日だし、心配だから様子見に行くって、倉田さんが。それで、あっちの住所聞かれてさ。」 「知ってるの?」 「これ。」涼矢はあるテキストの見返しを和樹に見せた。そこには、殴り書きのような字で、哲のスマホの電話番号と住所が書いてあった。よりによって太いマーカーペンで、ページいっぱいに大きく書いてある。「コピーを口実にナンパしてきた時、知らないうちに書かれてた。」その証のように「いつでも連絡OK(ハート)」というコメントがカラフルな文字で添えられている。それを見ながら涼矢は倉田に哲の住所を送信した。 「ある意味、昭和のおっさんと同じ発想だな。ナンパがアナログ。」 「似た者同士なんだろ。自分の名前は書いてないところまでそっくり。」 「あ、ホントだ。」倉田のメモにも名前はなかった。「でも、哲って親戚の家に下宿してるって言ってなかった?」 「あ……。」涼矢は忘れていたらしい。「言うの忘れた。言ったほうがいいかな。」 「そもそも倉田さんが行くってこと、哲、知ってるのかな。」 「だったら住所は哲に直接聞くだろう。そこはサプライズ的に行くんじゃないの。」 「サプライズっていうか……いきなり乗り込むってことは、店長に殴り込みに行く覚悟だったりして……修羅場?」

ともだちにシェアしよう!