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第115話 Only you(3)

「……。一応、親戚の家だってことは伝えておこう。後になってこっちの責任にされたら困る。」涼矢は「親戚の家に間借りしていると言っていました」という追伸のメールを送った。倉田がそれを目にするのは、ずっと後のことだったが。 「なあ。」和樹が言った。「なんで倉田さんが知ってんの、おまえの電話番号。」 「知らね。俺は教えてない。哲から聞いたんじゃないの。」 「なんで哲が教える必要あるよ?」 「だから、知らねって。」 「あと、倉田さんってそんなに哲に執着している感じしなかったけど。殴られたと聞いて、新幹線の距離を飛んでいくほど好きなのかな?」 「知らねえよ。」 「別れ話で殴るってさ、その店長、怖い人なのかな。」 「……知らないことばかり聞くな。」 「知ってるか知らないかじゃなくてさ、会話だろ、会話。どうしたんだろうね、心配だねって言い合えばいいだろ。もう少し興味持てよ、友達のことなんだから。」 「考えても仕方がないことを考えるの嫌いなんだよ。」 「冷たいなあ、もう。」和樹はそう言ってムスッとしたかと思うと、プッと吹き出した。 「なんだよおまえ、1人で怒ったり笑ったり。」 「今の俺、すげえうぜえな?」和樹はあぐらをかいて座る涼矢の背後から腕をまわして、肩に顔を載せた。 「……ちょっとね。好きだけど。」 「何、その返し。キュンとしちゃうじゃないのよ。」 「は? 何が言いたいの。」 「俺は元カノとこういう会話の流れになったら、じゃあなんて言えばいいんだよ!って怒ってた。結論の出ない話されると、面倒くせえなーって思ってた。」 「女性は共感が欲しいのであって結論は求めていないと言うからな。男性脳と女性脳の違いだろう。」 「それで言ったら、今の俺、女性脳っぽくなかった?」 「ぽかったね。」 「ああ、今なら俺、女の子の気持ち、すっげえよく分かってあげられるなあ……。」 「もっと早くそうなれてたら、振られずに済んだのにな。」 「そうなったら良かった?」 「良いわけないだろ。」 「へへ。」和樹は涼矢の耳の後ろにキスをした。 「くすぐったいよ。」涼矢は指先で和樹を払う仕草をする。 「俺がさあ、誰かに殴られたら……そうだな、たとえば柴みたいな奴にさ、逆恨みされて殴られたら、どうする?」柴というのは、和樹の元カノである綾乃の現在の交際相手だ。しかし、既に破局しているという噂も耳にしていた。破局の原因のひとつには綾乃が和樹に未練があったから、という説が囁かれていて、柴は和樹を快くは思っていないふしがあった。もっとも、柴とも綾乃とも卒業式以降没交渉で、現実的には今更逆恨みされる恐れはない。 「おまえが殴り返せばいい。」 「えー。」 「それは柴とおまえの問題だろう。」 「柴を例にしたからいけないのか……。えっとじゃあ、倉田さんがね、俺を拉致監禁したら。」 「和樹のご両親に俺が知っている限りの情報を伝えた上で、しかるべき機関に通報するように勧める。」 「そうじゃなくて! ……じゃあ哲が! 今の哲じゃなくて、おまえにちょっかいかけて振られた哲が、俺がいるせいだって怒って俺を殴って、殴られた俺は意識不明でやり返せない、さあどうする涼矢!」 「救急車を呼ぶ。」 「……もういいよ!」和樹は涼矢の背中から離れて、床にごろんと寝転がった。そして、そのポーズのまま、涼矢の背中を蹴飛ばした。  涼矢は和樹を振り返る。「柴のことは、おまえが殴った後、俺も殴る。倉田のおっさんは、おまえの身の安全が確保された段階で俺が殴る。哲のことも、おまえの意識が回復して無事が確認できたら、ボッコボコにする。もっと言えば、柴だったら暴力事件だって騒ぎ立てて大学を退学するまで追い込む。倉田さんは会社にバラして社会的生命を絶つ。哲は刑事罰を受けさせて弁護士になる夢を打ち砕く。」 「……僕は今、涼矢くんのことは絶対敵に回さないと心に誓いました……。」 「こういう答えが欲しかったんじゃないのか?」  和樹は起き上がり、再び涼矢に抱きついた。「百点満点の回答でした。ちょっとやり過ぎな気もするけど。」 「おまえに気に入られようとして言ったんじゃないぞ。本心で言ったからな。」 「分かってるよ、だから怖えんだよ。」 「せいぜい殴られないようにしてくれ。」 「はいはい。まあ、哲じゃないからな、そんな痴情の縺れみたいなことには巻き込まれないと思うけど。」 「あいつはこうなっても自業自得だからな。」 「一刀両断だなあ……。」 「自分で言ってたよ。いつ誰に刺されたって文句言えないって。」 「気合入れてビッチやってたんだな。」 「あいつ頭むちゃくちゃ良いからな。そんなことでもしないと間が持たないんだろ、人生の。」 「涼矢がそんな風に言うほど、良いんだ?」 「入試のトップ、あいつだぞ。入学式で新入生代表で挨拶してたから。」 「高校の卒業式でも答辞読んだって言ってたもんな。」 「哲は俺なんかとは桁違いに頭良いよ。暗記力もすごいし、数学科の講義に潜り込んで、一緒に数式解いてたりする。英語もネイティヴ並にしゃべれるし。天才ってああいうのを言うんだろうな。うちみたいな地方の大学にいるのはもったいない。東京から離れる目的なら京大にでも行けば良かったのにって思う。」 「それであの性格……。」 「だからあの性格、なのかも。」 「へえ……。」

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