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第116話 Only you(4)
「だから、大丈夫だよ。頭良い奴だから、なんとかするよ。そんなに心配しなくても。」
「……俺、心配してるように見えた?」
「うん。」
「だってさ、殴られたなんて……。哲のイメージ的に、そういうことがあっても、自分から倉田さんに言う感じしないんだよね。それを伝えてきたってことは、大したことないって言いつつも、結構ひどい状況だったりするんじゃないのかな。だから倉田さんもそんなに慌てて……って、別に今ここでおまえに正確な回答求めてないからね? そんなこと知らねえって言うなよ。ただ自分の推測が言いたくなっただけなんだから。」
「分かってるよ。」
「涼矢は全然心配じゃないわけ?」
「心配してるよ。大丈夫だよっておまえに言ってるふりして自分に言い聞かせてる。」
「そっか。それ聞いてちょっと安心したわ。」
「何が。」
「本気で心配してないなら、いくらなんでもちょっとひどいなあと思ったから。」
「悪い想像は、口にすると現実になってしまいそうな気がするから、あまり言いたくないんだよ。」
「そうなんだ。……とりあえず何か連絡あったら、俺にも教えて。」
「ああ。」
しかし、結局この日のうちに続報が届くことはなく、哲の状況も倉田の動向も分からずじまいに終わった。
翌日は日曜日だった。普段なら、通勤通学の時間帯は多少なりともバタバタとした気配がアパートの内外から漂ってくるが、日曜の朝にはそれがない。
和樹はぼんやりとテレビを見ていた。某局の特撮ヒーローものから幼女向けアニメに番組が切り替わったところで、涼矢も起きた。
「こういうのが好きなのか?」おはようより先に涼矢が言う。
「たまたまつけたらやってた。」
「俺はこの、紫の髪の子が一番好き。ツンデレで可愛い。こっちのピンクはあざといからいまいち。」
「涼矢くんは一体何を言い出しているのかな。」
「もう一度言ってほしい?」
「結構。」
「毎週見てるわけじゃないぞ。」
「うん。」
「後半の闘いシーンになると、敵の副官が出てくると思うけど、それが赤髪のお姉さまキャラでなかなかカッコいい。後々味方になるパターンかもしれない。」
「その話まだ続く?」
「ご要望によっては。」
「じゃあ終わりにして。それ以上語られ続けると、涼矢くんのことちょっと嫌いになってしまいそう。」
「それは困るな。」
「なんで詳しいの。」
「同じだよ。日曜の朝にテレビをつけると何故だかこれをやってる。」
「早起きなんだな。俺、ニチアサは基本起きたら10時過ぎてる。今日みたいなのが珍しい。」
「日曜は逆にウキウキして早く起きてしまう。」
「……ウキウキ?」
「うん。」
「この世でおまえにもっとも似合わない言葉だな。」
「失礼な。俺はここんとこ毎日ウキウキしてる。」
「そうなの? なんで?」
涼矢は無言で和樹を見る。そして、キスをした。「本気で聞いてる?」
「……あ、俺といるから?」
涼矢はぷいっと顔をそらし、トイレに向かった。
朝食や朝シャワーなどを済ませると、涼矢はスマホの着信履歴とPCメールをチェックした。しかし、哲関連の進展はなかった。続けて、グループワーク仲間の女子学生にも、何か哲からの連絡がなかったかを確認してみる。それも特に情報は得られなかった。
他に心当たりはなく、気は進まなかったが、前夜の着信履歴から倉田に電話をかけた。それに先立ってメールもしたが、それへの反応はなかった。
呼び出し音が何回かして、留守番電話に切り替わる。涼矢はメッセージを残さずに電話を切った。
「だめだ。連絡取れない。」
「親戚の家の固定電話は?」
「分からない。」
「そっか。バイト先の店は知ってるのか?」
「ぼんやりとしたエリアは聞いたけど、店名とかは……。」
「普通のバー?」
「普通って?」
「だから……ゲイバーとか、特徴的な店だったら、東京じゃあるまいし、そんなに数ないだろうから、探せばすぐ見つかるんじゃないかと思って。」
「ああ、なるほど。……でも、特別そういう話は聞いてないな。」
「……あの、さ。」
「ん?」
「バーでバイトったって、未成年だろ? バーテンやってるわけじゃないんだろ? あいつ、何やってんの、そこで。」
「それは知らない。皿洗いとかじゃないの?」
「……。」和樹は何かを言いかけて、黙り込んだ。涼矢はそんな和樹をじっと見つめた。和樹は涼矢と目を合わせようとしなかった。
「和樹は、あいつがその店で売春でもしてたんじゃないかって思ってんの?」
「……ないとは、言い切れなくない? だって、あんな……何股もかけてるような……。」
涼矢は口をキュッと結び、眉根を寄せ、不快感を露わにした。だが、何も言わない。
それが怒りのあまりの無言なのか、言い返せないからなのか、和樹には判断が付かなかった。「お、俺は、哲を悪く言うつもりはなくて、逆に、そういうことで、誰かに脅されてるとか、そういうことになってなきゃいいなって思って……。」
「ウリやってるかもしれないって疑っておいて、悪く言うつもりはないって何?」涼矢が冷たく言い放った。
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