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第117話 Only you(5)
「だからそれは、哲がそのつもりじゃなくても、あいつが本当にああいうつきあい方してたら、変なことに巻き込まれる危険性はあるだろって話だよ。高校の時の担任の話みたいにさ、哲は気楽に遊んでるつもりの相手が本気になっちゃったり、本人は売春のつもりじゃなくても、相手は何かおごったりプレゼントしたりして、金で買ってる気になってるとか、そういう関係だってあったかもしれないだろ。」
「あいつはそんなに馬鹿じゃねえよ。」
「勉強ができても、そういうとこは馬鹿な奴なんていくらでもいるよ。現にそれが分かってなくて担任とおかしくなって、天才なのに東大に行きそびれたんだろ。さっきから言ってるけど、俺は哲を責めてるんじゃなくて、心配してんだよ。単なる三角関係の痴話ゲンカならいいけどさ。」
「そんなの、ここで俺らが言い争ったって分からないことだし、推測で考えたって意味ないだろ。」
「でも!」和樹は声を荒げそうになって、やめた。「……おまえの言うとおりだな。ここで俺らがケンカしても、何にもならない。悪かったよ。……俺なんか特に、部外者なのにな。」
涼矢がまたピクリと眉を動かす。「部外者?」
「そうだろ、たまたま一回メシ食っただけだ。イエーイ友達、みたいなことはしたけど、その場のノリだろ。おまえみたいに頭から信用できるほど、俺、哲と親しくない。哲はおまえの友達であって、俺の友達じゃないってこと、ちょっと忘れてた。」
「……でも、心配してくれたんだろ?」
「そんなの、目の前に血を流して倒れてる人がいたら、それが仲良しだろうと知らない人だろうと救急車呼ぶぐらいのことはするだろ。それとおんなじ。特別なことじゃない。」
仏頂面でそんなことを言う和樹を、涼矢は突然抱きしめた。
「な、何?」和樹は反射的に涼矢を両腕で押し返す。
「和樹が和樹で良かった。」涼矢はもう一度改めて抱きしめた。今回は和樹は反発しない。
「何がだよ。何なんだよ、怒ってんじゃねえのかよ。」
「怒ってたよ。でも、今のでふっとんだ。」
「分かんねえ。今のってどのポイントだよ。」
「当たり前じゃないよ、和樹。目の前に血を流して倒れてる人がいたって、見て見ぬふりをする人のほうが多いよ。でも、おまえは救急車呼ぶんだよな。それが誰かなんて関係なしに。」
「お、おう。俺はそれが当たり前だと思ってっけど。人工呼吸とか怪我の手当てとかまではできないかもしれないけど、119番通報ぐらいはするだろ、普通?」
「和樹の好きな普通だな。」涼矢は笑う。「おまえのそういうところが好きだよ。」
「普通なところが?」
「そういうのを普通って言えるところが。」
「そうなの?」
「うん。」
「分かんねえな。」
「いいよ、分かんなくても。」
「ムカデになっちゃう?」
「うん、そう。」涼矢は和樹に口づける。テレビでは、5人組の美少女戦士が闘っている。口々に愛の尊さを叫んでいる。最終的には、涼矢がカッコいいと言っていた赤髪の敵キャラが、みごと仲間に加わっていた。「哲は大丈夫だよ。」ともう一度言った。
涼矢はパンをトーストし、ハムエッグを作り、ヨーグルトを出した。
「とっても手抜きな朝食ですが。」
「とんでもございません。」和樹はペコリと頭を下げた。「俺、最近の食生活が充実しててヤバイ。元の生活に戻れないかも。」
「自分で作ればよろしいかと。」
「ですよね。」
「まあ、でも、朝はね、眠いよね。」
「うん。」
「俺も1人だったら作らないし。」
「それどころか食わないんだろ。」
「うん。あんまりね。」
「ここ来てからはよく食ってるけど、どう、太った?」
「どうかな。太ったと思う?」
「いや。触り心地としては変化は感じない。」
「日々の適度な運動が功を奏しているのかな。」
「過度な運動じゃないの。」
「何言ってるの、これしきの運動量で。」
「俺のほうが消費エネルギーが多いんじゃない?」
「そうかなあ。」
「どっちだろうね。」
「それは……いろいろ、条件によって。」
「体位とか。」
「耐久時間とか。」
「呼吸法とか。」
「腹筋に力入れる時、息止めるのはよくないって言うよね。」
「別に腹筋鍛えるつもりでやってないしな。だいたい、そんなこと考えてる余裕ねえよ。」
「……。」
「なんだよ、ニヤニヤして。」
「ニヤニヤしてた?」
「他の奴には分かんないかもしれないけど、俺には分かる。分かるようになった。おまえは今ニヤニヤしている。」
「……メシ食いながらする話じゃねえな。」
「言い出したのはおまえだろ。」
「和樹だろ。」
「もう、すぐ俺のせいにするんだから。」
「それはおまえだよ。」
「……めんどくせえからそれでいいや。ごちそうさま。」和樹は立ち上がり、食べ終わった皿を片づけ始めた。
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