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第118話 Only you(6)

 涼矢はPCを立ち上げ、メールをチェックした。しかし、やはり何もないままだ。 「あと見たいのは六本木って言ってたっけ。」と、皿洗いをしながら和樹が聞いてきた。 「美術館?」 「そう。今日、行く?」 「明日行こうと思ってた。和樹、明日は塾の説明会でいないだろ。その時に。」 「えー、六本木って俺もまだ行ったことないから行きたいのに。」 「なんで俺がおまえの東京観光につきあうんだよ。逆だろ。」 「行く機会がなかったんだよ。芸能人とかいっぱいいるのかなあ。」 「ミーハー。」 「東京に来ても誰も見かけたことない。」 「気がついてないだけなんじゃない? つか、おまえ芸能界には興味ないって言ってなかったか?」 「自分がそういう世界に入ることは興味ないってだけ。芸能人、見てみたくないですか。」 「別に。」 「でも、ホントにいたら、わぁ本物だ、すげえって思うんじゃない?」 「思うかもしれないね。要は今日六本木に行きたいんだな?」 「はい。」 「おまえがいいならいいよ。」 「で、何美術館?」 「新国立美術館。乃木坂駅直結って書いてある。」 「六本木駅じゃないの?」 「東京メトロ千代田線乃木坂駅からは直結、都営大江戸線六本木駅から徒歩4分、東京メトロ日比谷線六本木駅徒歩5分、だそうだ。」涼矢はスマホを見ながら読み上げた。 「大江戸線と日比谷線の六本木駅は違うの?」 「俺に聞くな。」 「東京の地下鉄はマジで謎ダンジョン。」  それでも2人はスマホを活用して、美術館にたどりついた。  入口のポスターを見て、和樹は初めて展示内容を知る。「絵じゃないんだ。」 「うん。彫刻。」 「へえ。」和樹は、絵よりは少し興味が持てそうな気がした。そして実際、先週、涼矢と観た2つの美術館よりも熱心に作品を観た。  その様子を見て、「好き?」と涼矢が小声で聞いた。 「うん。面白い。後ろ姿とか。」  涼矢が小さく吹き出す。 「美術の教科書でも正面からの写真ばかりだし。」と和樹が続けた。 「ああ、そういうことか。」 「なんだと思ったんだよ。」 「きゅっとしまった形の良いお尻が見たいのかと。」もっとも涼矢もそんなことを本気で思ったわけではない。展示品は抽象的な作風のものも多く、ギリシャ彫刻の裸像の如き「お尻を楽しめる」作品はほとんどなかったのだ。 「んなわけねえだろっ。」 「しーっ。」涼矢は更に小声で和樹の耳元で囁いた。「和樹のお尻のほうが魅力的。」  1時間半ほどかけて観て回ったあと、建物の外に出た。来る時は地下鉄の駅から直接美術館に入ったから、2人が「六本木の街」に降り立つのはこれが初めてとなる。 「で、何があるの?」と涼矢が聞いた。 「何が?」 「六本木って、何があるの? 俺、美術館があるってことしか。」 「……六本木ヒルズ? あ、あとテレビ朝日。」 「テレビ局に行きたいの?」 「えーと。別に特定のどこかに行きたいというわけでは。でもきっと、行けば何かやってるよ。体験コーナーとか。」 「何を体験するの?」 「人気番組っぽい、何か。」 「……全然伝わるものがない。」 「とりあえず行こう。テレ朝。あとヒルズ。」 「うん。あ!」 「何?」 「ハードロックカフェがある?」 「さあ?」 「時々見てる洋楽番組があって、それがいつも六本木のハードロックカフェからお送りしていますって言ってる。ロックスターのギターや衣装が展示してある。」 「ああ、あれか。行きたい?」 「テレ朝の後で良いけど。」 「分かった。場所調べておいてよ。」 「うん。」  2人は六本木ヒルズ周辺をふらふらと歩いた。テレビ朝日にも行ってみた。夏休みとあって、こども向けアニメを中心としたイベントをやっているようだ。 「ドラえもんの道具なら何がいい?」と和樹が言った。 「唐突な質問だな。おまえが欲しいのは分かるよ。」 「何だと思っている?」 「どこでもドア。」 「……あたり。涼矢は、そうだなあ、暗記パン?」 「ああ、そういうのあったね。そうだな、あれいいな。」 「あと、何でも美味しくなる調味料みたいな奴。」 「ジャイアンシチューも美味しくなるアレな。でも、料理の楽しみがなくなっちゃう。……急にバイバイン思い出した。怖かった。」 「栗まんじゅう、無限増殖。」 「そう、でも、その栗まんじゅうがめちゃくちゃ美味そうで。」 「分かる。さびれた和菓子屋のきんつばとか。」 「そうそう、ドラえもんの食べ物描写はどれも美味そうでリスペクトせざるを得ない。」 「涼矢はさあ。」 「ん?」 「しずかちゃんの入浴シーンでドキドキしなかったの?」 「どういう質問なんだよそれ。」 「最初の、性の目覚め的な。」 「あー。ドキドキはしなかったよ。というか、ストレートの男子はしずかちゃんで昂奮するのか?」 「ちょっと。」 「ちょっとか。」 「でもうちは、兄貴がいたから、割と早いうちからよりリアルなものへと。」 「もっと生々しい奴な。」 「そう。」 「兄貴の部屋で隠し場所見つけて、いない時にこっそり見てた。」 「ほう。」 「隠し場所が俺と同じで笑ったけどな。」 「さすが兄弟。……まあ、それを言ったら、本当に最初から女性に対してその手の興味なかったなあ。造形としてきれいだなとは思うことはあっても。」 「ふーん。」 「それ自体はそれほど苦痛でもなくて……というのは、自分がまだそうだと気付いてなかったからだけど、その手の、男同士の猥談に同じテンションで入れないことは苦痛だったかな。」 「あ、この話、苦痛?」 「いやいや、今はもう。……でも変な気分だよ。」 「何が。」 「彼氏とこんな話。」 「考えてみりゃそうだな。」 「ドラえもん談義のはずが。……あ、バイバインより怖い話、思い出した。」 「何?」 「こども作る道具の話。でも、その機械、不良品でさ、悪魔のようなミュータントができちゃうんだよ。ドラえもんは絶対触るなって言うんだけど、のび太だから当然触る。」 「あーあーあー、知ってる! しずかちゃんに一緒に赤ちゃん作ろうって言ってぶたれる話?」 「それ。最後に、ゲシシシって笑いながら出てくるミュータント赤ちゃんがすげえ怖かった。」 「怖かったよな、あれ。」 「まあ、俺にとっては現実の赤ちゃん作りも同じぐらい怖いんだけど。」 「涼矢の闇が深すぎてツッコめねえよ。」 「だよな。こんなこと言われたら困るわな、実際。よくおまえ俺とつきあえるな。」 「ホントだよな。」

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