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第119話 Only you(7)
そんなことを話しながら、イベントスペースで行われているショーや番組とコラボしているフードコードなどを冷やかした。それから、涼矢の言っていたハードロックカフェにも行ってみた。
メニューを見ると、アメリカンなボリュームたっぷりな料理が並んでいる。中でもハンバーガーにはいろいろな種類があってそそられる。2人にとってはかなり値の張るものではあったが、せっかくここまで来たのだからと、味の違う2種類のハンバーガーをそれぞれ注文してみた。
涼矢は店内を見回して、そこかしこに飾られたロックスターゆかりの品をチェックしていた。「すごいな。」
「さすがって感じだな。」と和樹もうなずく。和樹が聴く洋楽は比較的新しいもので、古いものはあまり詳しくないが、そんな和樹でも名前を聞けば知っているスターの名前がちらほらとある。
間もなく注文品が運ばれてきた。写真通りのボリュームだ。ここでも涼矢は「すごいな。」と呟いた。
ハンバーガーは事前に切り分けられていた。注文の時にシェアするかどうか店員から聞かれて、和樹がすると言ったらそうしてくれたのだ。このボリュームだから、シェアの希望が多いのだろう。
「最近、よくシェアするよね。平気になったの?」と涼矢が言った。
「ああ、そう言えば。」和樹は添えてあるフライドポテトをまず口にした。「なんでだろうな。涼矢とだと全然気にならない。食い物の好みが近いせいかな。」
「そうなんだ。じゃ、ここでもし、俺はコブサラダを頼むから、そっちのハンバーガーと半分ずつシェアしようって言っていたら。」
「ふざけんなって思う。」
「なるほど。……でもさ、最近、辛い物とか、キノコとか、俺が苦手だからって遠慮してない? 好きなもの食っていいよ。俺は作らないけど。」
「遠慮なんかするわけないだろ。」
「でもほら、意外とおまえって周りに気を使って雰囲気とか大事にしそうだし。」
「意外とって何だよ。」
「牛丼屋だと怒るし。」
「怒ってねえよ。ただ、あの時は、ちょっと、まだ、牛丼屋に行けるほどの仲ではなかったと言うか。まだお互いの距離を詰めていく大事な時期であってだな、そういう段階で牛丼屋はないんじゃないかなぁって。」
「うん。今なら分かるよ。……夜景のきれいなレストランに連れて行くって約束も覚えてる?」
「あれって約束だったの?」と和樹は笑った。その場の勢いで適当に言ったに過ぎないと思っていた。「今更もういいよ。つか、今こそ牛丼で構わねえよ。」
「そうなの?」
「そうじゃない? もう牛丼の距離っつか。」
「夜景のきれいなレストランだと、距離を感じる?」
「いや、それはないだろうけどさ。でも、もったいないと思っちゃうかも。そんな金があるなら、もっと……。」
「もっと?」
和樹は少し赤面して、それを誤魔化すように大口を開けてハンバーガーをにかぶりついた。それを噛んで飲み下すと少しだけ落ち着いて、「会いにくる頻度を高めるとか、そういうほうが。」と続きを言った。
「そっかぁ……。」
「なんで微妙にがっかりしてるの。」和樹は切り分けられたハンバーガーの半分を、涼矢の半分と入れ替えた。「もしかして、予約したとか?」
「……そこまではしてない。」
「どこまではしたんだよ。」
「グルメサイトのランキング見て調べただけ。でも、どういうところがいいんだかさっぱりで、結局は何もしてないのと一緒だよ。……偉いよね、そういうのサクサクやれて、彼女のためにサプライズ企画するような人は。」チラリと上目づかいで和樹を見た。
「俺はそんなことしたことないぞ。」
「しなくてもモテる人はモテるんだ?」
「そういう情報は女の子のほうが絶対詳しいし。こっちが選んだって不満そうにしたりするし。だったら任せたほうが間違いない。……けど、その割に任せると怒るんだよな。」
「その手の話って時々聞くけど、任せるじゃなくて、一緒に考えるのじゃダメなの?」
「ん?」
「今日だってさ、俺が美術館行きたい、おまえは六本木行きたい、じゃあ今日行こうか、とか。これからどうするってなったら、テレ朝は?とかハードロックカフェは?って話し合ってるだろ。そういうのはダメなの?」
「ダメなの。」
「なんで?」
「前も似たようなこと言ったような気がするけどさ。女の子は難しい。どこがいい?って聞くと、どこでもいいって言われる。じゃあここは?って言うとそこは嫌だって言う。そっちの行きたいところに合わせるよって言うと、男なんだからリードしてほしいって言われる。それじゃ俺が決めたところに文句言わずについて来るかと言うとそうでもなくて、それを指摘すると俺様だよねーって怒る。」
「難しいな。」
「難しいよ。だから今は楽。」
「俺のこと、めんどくせえってよく言ってるけど?」
「その面倒とは違うんだよ。」
「ふうん。……面倒は面倒なんだ。」
「そうだよ、今まさに、そういうところが面倒。でも、めんどくせえって言えるから。」
「言ってるよな、しょっちゅう。」
「しょっしゅう、めんどくせえからな。でも、めんどくせえって言っても怒らないから。」
「不愉快ではあるけどな。」
「あ、そうなんだ。」
「愉快なわけないだろ。怒るほどではないというだけであって。自分でもそう思うし。」
「ふうん。……涼矢の頼んだほう、美味いな。ピリ辛で。」和樹は交換した半分を食べていた。
「うん。このぐらいの辛さなら平気。むしろ好き。」
「そうか。カレーも中辛がいいって言ってたもんな。」
「そう。辛いの好きって言うとさ、20倍カレーみたいな、馬鹿みたいに辛いの食わせようとする奴いるだろ。だから公称としては辛いのは苦手と言う。」
「そんな奴いるの。」
「柳瀬。」涼矢の幼馴染だ。高校も一緒だから、和樹もその人となりは知っている。
「ああ。でも、あれを基準にしたらいかんだろ。」
「昔からの親しい友達というのがあいつぐらいしかいないもんで、つい。」
「悪い奴じゃないけどな。」
「うん。悪い奴ではない。」
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