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第120話 Only you(8)
「おまえに告られたすぐ後にさ。」
涼矢の手が止まる。「聞きたくない話が始まりそう。」
「柳瀬にね、おまえの所在を聞いたんだよ。教室にいなかったから。」和樹は構わず話し続ける。「涼矢なら今日は来ないよって言われてさ。ムカついたんだよな。何だコイツ、涼矢に対して馴れ馴れしいなって。ほら、まだ俺、その頃っておまえのこと田崎としか呼んでなかったし。」
「あいつは、馴れ馴れしいよね。」
「いや、馴れ馴れしくていいだろ。幼馴染だろ。で、今思うと、それって嫉妬なわけだよな。なんで柳瀬なんかに嫉妬してたんだかと思うけどね。哲ならともかく。」
「俺にとっては柳瀬も哲も大差ないけどな。」
「そこは差をつけてやれよ。何年のつきあいだよ。中学からだっけ?」
「いや、幼稚園。」
「マジか。」
「うん。だから、ポン太もな。俺と柳瀬は年中から幼稚園入って、ポン太は年少からで。そこからずっと。」ポン太は柳瀬の年子の弟だ。
「……。」
「さくら組からのつきあいだから、じゅう……14年になるのかな?」
「俺は今初めて柳瀬を尊敬したぞ。」
「なんでだよ。」
「このめんどくさい奴と14年もつきあえたのかと。」
「ひっど。」
「でも俺は柳瀬より長い付き合いになる予定だけどねー。」
「それは柳瀬と早めに縁切りしないと無理だよね。」
「ん?」
「だって、今から14年つきあったって、何もなければその頃には柳瀬とは28年のつきあいになってるわけで。」
「また、めんどくせえこと言いだしたし。」
「はは。……だからさ、柳瀬はいちいちそういうことを面倒にも思わないんだよ。俺の話なんかまともに聞かないで、へー、ほー、ふーんでスルーする。俺のほうもあいつの話は聞いてないけど。そんなんだから続いているんだと思う。」
「なるほど。涼矢の話は話半分に聞けばいいのか。」
「え。」
「ウソウソ。ちゃんと聞くよ。おまえ、ただでさえ言葉足らずだもん、その半分ったら、ますます意味わかんねえもん。余計めんどくせえことになる。」
「……。俺ってそんなに?」
「うん。そんなにだよ。おまえがよくしゃべるのは、俺のことを理詰めで怒る時と、Hの時だけだもん。」
「最悪じゃねえかよ。」
「そうでもないよ。慣れたし。」
「努力はする。」
「ちゃんと話をするって?」
「いや、そういうことの最中にあまりしゃべらないように。」
「なんでそこだよ、そこはいいだろ。」
「そういう時だけよくしゃべる男って、すげえ嫌だ。」
「そう思うならまず、普段の会話を大事にしろよ。」
「ああ、うん。」
「早速投げやりやん。何だよその、とりあえず返事しただけ感。」
「今何かと恥ずかしくてそれどころじゃない。え、俺そんなしゃべってる? そういう時。」
「なんでそこばっか引きずってんだよ、別にいいよ、俺がいいんだからいいだろ、そこは。」
「ちょっと、いろいろと反省してみる。」
「反省すんな。うっとうしいから。」和樹はハンバーガーの最後の一口を口に放り込んで、涼矢を一睨みした。
「"面倒くさい"から"うっとうしい"に降格した……。」
「涼矢、そろそろマジでうざい。」和樹は手を伸ばして、フライドポテトの最後の1本を、涼矢の口につっこんだ。それで和樹のプレートは空になった。
腹ごしらえも済んだところで、歩きながら次の目的地について話し合う。
「どこでもいい。」と涼矢が言った。
「だーかーらー、どこでもいい不可。さっきそういう話、したろ? んで、おまえが言ったよな、話し合ったらいいんじゃないのかって。」
「俺の目的は済んだから。帰宅ルートでも構わない。」
「まだ3時だよ?」
「知ってる。」
「まだ芸能人に会えてないし。」
「何時までうろつけば会えるんだよ。」
「じゃあミッドタウン。」和樹はスマホの画面を見ながら言う。
「なんで、じゃあ、なんだ。つか、何それ。」
「総合商業施設。……あ、ここにも美術館あるってよ。サントリー美術館。と、これ何て読むのかな、にーいち、にーいちでざいんさいと?」
「ふうん。じゃ行く。」
「どういう展示か知らなくていいの?」
「どっちみち、そこしか行くとこないんだろ。」
「あ、やな言い方。」
「そう?」
「コーヒーでいいよ、的な。自分じゃ調べない癖に。」
「ごめん。」
「素直。」
「素直だよ。俺は常に。」
「それは同意しかねるけれども。」
「真っ直ぐだが、斜めだと。」
「え?」
「柳瀬に言われたことがある。俺はひねくれてるってよく言われるけど、そうじゃない。素直で真面目で真っ直ぐだって。ただし、斜めの直線なんだってさ。だから、進めば進むほど、俺のいる座標は、みんなの常識から離れて行くんだって。」
「柳瀬の癖に的確な表現だな。」
「俺は意味が分からないんだけど、おまえもそう思うんだ?」
「うん。だから、さっきの。」
「さっき?」
「俺が言った反省するなってのは、そういうこと。」
「全然わからない。」
「おまえが1人で悶々と反省して、突きつめて考えようとすればするほど、原点ゼロから離れて、とんでもない結論を出すってこと。もっとこう、単純に考えたらいいんじゃないのって。楽しいなとか気持ちいいなとか、そういうの基準でいいんじゃないの。」
「言わんとしている雰囲気は分かったけど、じゃあ具体的にどうすればいいんだって思うな。」
「俺のこと好きなら俺の言うこと聞いてればいいのさ、ってことだよ。」
「え、そういうこと?」
「そういうこと。」
「なんか言いくるめられている気がするなぁ。」
「そんなことないだろ。俺のこと好きだったら、俺を喜ばせたいって思うだろ?」
「まあな。」
「それで俺が喜んだら、おまえも嬉しい。」
「だね。」
「俺もおまえも嬉しい楽しい、ウィンウィン。」
「うーん。」
「だからそこで考え込むな! 感じろ!」
いつしか2人はミッドタウンに着いていた。
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