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第121話 Only you(9)
まずは案内板のポスターで展示の内容を確認する。
「サントリー美術館のほうは……それほど興味ない。デザインサイトは面白そう。」
「じゃ、こっちだけ観る?」
「うん。和樹も?」
「だから、おまえが観るやつは一緒に観るってば。」
涼矢は少し照れて、「やば。」と呟いた。
「何が?」
「なんでもない。」涼矢は歩き出した。
展示場所は緑地のエリアの一角にあった。そう大きな建物ではない。万人受けするとも思えないテーマの展示のように思ったが、入場待ちの列ができていた。係員がその列に向かって「順番にご案内しております。次回入場まで15分ほどお待ちいただきます。」と言っているのが聞こえた。
「意外と混んでた。」涼矢が言う。
「そだね。でも15分待ちなら。」
「うん。」
目に入る風景は都心とは思えないほどの緑に囲まれて爽やかだったが、日陰のない場所で待つのは少々辛いものではあった。行列している人も、女性の多くは日傘をさしている。
「あ。」と和樹が言った。
「何?」
「あの人、見たことある。」和樹は涼矢にだけ分かるように、列の前方にいる男性を示した。
「どれ?」
「前のほうの、5人目ぐらいの。白い日傘さしてる女の人の隣の、メガネかけてるおじさん。」
「ん? ……ああ、あの人。ドラマとか。脇役で。」
「そう。脇役だけどよく見る。気の良い隣人とか、気弱な課長とか、小学校の先生とか、そういう役のイメージ。」
「分かる。けど名前は分からない。」
「俺も分かんない。」
「良かったな。」
「え?」
「芸能人、目撃できて。」
「ああ、そうね。名前分かんないけど。」
「検索してみたら?」
「どうやって?」
「俳優、脇役、男性、メガネ、隣人、課長、小学校の先生。」
「そんなキーワードで出るかな?」そう言いつつも、和樹はその通りに検索語を入力した。「すげ、出てきたし。」"よく見るけど名前が出てこない俳優"といったまとめ方をしているサイトが候補として挙がっていた。「わ、すげ、判明した。」和樹は顔写真と簡単なプロフィールの載ったページを探し当て、涼矢に見せた。
「本当だ。名前見ても、ああそうだったとは思わないけど、この人だ。」
「うん、こういう名前だったんだな。」
「ホントにいるもんなんだな。」
「芸能人見たぜと自慢できるかどうか微妙だけどな。でも俺、これから応援するよ、この人。」
「はは。第一発見芸能人だもんな。」
「あ、ねえ、仮面ライダー○○見てた?」和樹は引き続きスマホの画面を見ていて、この俳優の出演作をチェックしていた。
「知ってるけど、あんまり覚えてないな。」
「あれの、◆◆って男の子が出てきてたの、覚えてない?」
「なんとなく。」
「それのお父さん役やってたって。俺、それは覚えてる。思い出した。あの人だった、確かに。」
「ピンとこない。一緒に盛り上がれなくて申し訳ない。」
「いや、そこまでのもんでもないけど。」和樹は涼矢の大げさな言い方に笑った。
その時、係員が待機列の、ちょうど和樹たちのあたりまでが入場可能になったことを告げた。
そこの展示は、和樹のイメージしていた「美術館」とは違っていて、額縁の油彩画を難しい顔で鑑賞するようなものではなかった。現代のデザインを一風変わった切口で体感するようなスタイル。実際に、来場者が手で触れたり押したり、何らかのアクションを働きかけることで見た目が変化する展示品などもあり、どこか体験型の科学館のような遊び心があり、およそ「アート」に興味関心のない和樹も楽しんで見ていた。その様子を涼矢は満足そうに眺める。
そんなに広い会場ではないから、1時間も滞在せずに外に出た。
「面白かった。」と和樹が言った。
「それは良かった。」
「あ、もしかして、俺のため? こっち選んだの。」
「それだけじゃないけど、それもある。」
「そっか。サンキュ。」
「こっちのほうが見たかったのも本当だし。」
「そのおかげで芸能人も見られたし。」
「うん。」涼矢が笑う。
「あ、早速あの俳優の名前忘れた。」
涼矢がすらすらとその名前を言うと、和樹は驚きを隠さずに言った。「りょ、涼矢が。あの涼矢が一発で人の名前を覚えたとは。」
「興味ある人の名前は覚える。」
「興味あるのかよ。」
「だって和樹のファーストコンタクト芸能人だから。」
「それもおまえのデータベースに。」
「そう、記録しないとね。」
「おまえさ、俺の切った爪とか髪とか取っといてないだろうな?」
「……。」
「黙らないで。何とか言って。」
「爪と髪は取っておいてない。」
「その言い方、怖いから、マジで。何を取ってあるんだよ。」
「それは……聞かないほうが……。」
「怖えよ、なんか知らんけど、人形に縫い込んで呪いをかけたりすんなよ!」
「呪いじゃないけど……和樹が俺を好きになるようにまじないを……。」
「え、それでなの? だから俺、こうなっちゃってるの?」
「かけられるものならいいなと思ったことはあるけど、ねえだろ。常識的に考えて。馬鹿か。」
「ひどくね? そこまで言わなくても。」
「と言いますか。」
「なんだよっ。」
「今の和樹さんの発言は、呪いでもまじないでもなく、自発的に俺のことが好きになったという告白と受け止めていいのかな?」
「馬鹿って言う奴が馬鹿。」
「答えになってない。」
「答えてる。」
「和樹は俺のこと。」
「好きだってば。そういうことをこのタイミングで言うから馬鹿だっつってんだよ。」
涼矢が赤面する。「ちょっともう限界。」
「何がだよ。」
「和樹が可愛すぎて死にそうで勃ちそう。つか少し既に」
「それ以上何も言うんじゃねえ。ここどこだと思ってんだよ。」
「六本木の交差点……。」
「そうだよ。」和樹の足が少し早くなる。「家に着くまで耐えろ。」
「さすがにそれはそのつもりだけど。」涼矢も歩幅を合わせた。
「おまえが変なこと言うから、俺までおかしくなったよ、馬鹿。」
「馬鹿って言う奴が馬鹿。」
「黙れ。」
2人は家路を急いだ。
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