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第122話 Only you(10)

 往路は乃木坂駅を使ったが、帰りは六本木駅から帰ることにした。 「俺、大江戸線苦手。」と和樹が言う。 「今乗ってるこれ?」 「うん。」 「なんで?」 「絶望的に深い。」 「ああ、確かに、エスカレーターいくつ使うんだろうと思った。」 「というのを、何個目かのエスカレーターで思い出した。普段は使わないからさ、忘れてるんだけど、たまに乗ると、ああ、そうだった、って思い出して絶望的な気分に。ここまで深いと、そろそろブラジルじゃねえかと思うわ。」 「俺はこの、車輛の狭さがちょっと苦手かも。」 「やっぱ狭いよな?」 「狭いところってあんまり。エレベーターや、あと天井低いところも。」 「閉所恐怖症?」 「恐怖症までは行かないけどね。和樹のアパート、エレベーター必須の高層マンションじゃなくて良かった。」 「住みたくても住めねえよ。ミヤちゃんちは、すげえ高層らしいけど。」 「へえ。」 「豊洲だっけな、あっちのほうの20何階とかに住んでるらしい。」 「実家?」 「実家。」 「へえ。」 「実家感ないよね、豊洲のマンションという響き。」 「うん。やっぱり炬燵のひとつもないと。」 「俺の実家にもないよ。おまえんちもねえだろ。」 「あるよ、和室に。今は夏だから出してないけど。」  和室。そう言えば仏間があるとは聞いた覚えがあった。だが、入った記憶はない。上京する前、初めて和樹が涼矢の家に泊まった時、家の随所で「涼矢との思い出」を作ろうと冗談半分に口にした時に、故人の写真が飾ってあるその部屋は「ご先祖様に見守られつつヤルのはキツイ」と涼矢に拒否された、その時の部屋のことだと思い出して、随分と馬鹿らしいことを言ったもんだと恥ずかしくなる和樹だった。 「地下のガレージもそうだけど、俺、涼矢んちのことはだいぶ知ってるつもりでいたのに、知らないこといっぱいありそう。」 「知ってる必要もないだろ。」 「そうだけど。」知りたいじゃないかよ、と言う言葉は出さないでおいた。 「親父の書斎、本棚のひとつをずらすと隠し扉があって、秘密の小部屋がある。」 「それはさすがに嘘だろ。」 「バレたか。」 「当たり前。」 「でも、本の一部をどかすと、隠し金庫があるのは本当だよ。」 「へえ。」 「嘘だけど。」 「……。」和樹は、はあ、と大きなため息をついた。  途中でJR線に乗り換えて、もう涼矢も慣れた駅に到着する。 「一刻も早く家に帰らないとヤバイ?」と和樹。 「いえ、大丈夫です。落ち着きました。」 「じゃあさ、ちょっと遠回りしていい? いい感じの公園、あんの。」 「うん。」  和樹はアパートとは反対側の出口を出て、ずんずんと歩いた。次第に店は少なくなっていき、住宅街になる。和樹の住んでいるようなアパートもあれば、一軒家もある。  やがて目に入ってくる緑が多くなったと思うと、公園が現れた。 「別になんてことない公園なんだけどさ。」確かに、遊具の豊富な児童遊園でもなく、景勝を楽しむ庭園的なものでもない。ただ木々に囲まれて、遊歩道もあり、のんびりと散策するには良さそうだ。現に夫婦で散歩中といった風情の中年の男女もいたし、その他にもウォーキングに励む人、犬を散歩させている人などがいる。 「少し変わってるっていうのは、ここ、高低差があるんだよね。今入ってきたところは道路からそのまま入ってきただろ? で、この先にもうひとつ出入口があるんだけど、そっちは階段を降りて道路に出るんだ。だからその手前の、階段の上からは、ちょっとだけ遠くまで見渡せて……まあ、見える景色も所詮住宅地なんだけどね。ま、ちょっとは見晴らしが良い、気がする。」  そう言っている間にも、その階段のある出入口にたどりついた。 「俺はそれほど天井低いの苦手ってわけじゃないけど、やっぱ田舎からこっち来ると、たまに閉塞感みたいなの感じてさ。海とか山とかあればいいけど、近くにはないし。遠くに見えるところもないし。ここがホントに、ささやかな、少しだけ空が近くに感じられるところ。もちろん駅ビルの屋上のほうがずっと高いんだけどさ、ここはほら、周りが木とか花とかに囲まれてて、なんか落ち着くし、それに、同時に、アパートとか家とか見て、あー、これだけたくさんの人たちが、ひしめきあって、ここで生活してんだな、俺だけじゃないんだなーって実感もする。」  涼矢は和樹の隣で、和樹と同じように空と街を見渡した。「あの夕陽がきれいに見えるビルもそうだし、和樹は、自分が元気になれるとことか、居場所とかっての見つけるのが、うまいんだな。」 「うーん、そうなのかな。でもおまえもほら、海見えるとこ、見つけてくれたし。」和樹がふと漏らした言葉のために、涼矢が見つけてきた場所。自転車で山道を2時間漕いで、遠くに海を見た。おそらく2人は一生忘れないだろう光景。 「あれは、ネットで検索して。でも、和樹は、自分の嗅覚みたいなもので、見つけてくるから、それってすごいと思う。」 「ただの公園だけどな。」 「ただの公園を、ただの雑居ビルの屋上を、特別な場所にできるのがすごい。」 「そんなすごいすごい言われると照れる。ガキの時にさ、押し入れを秘密基地に見立てて遊ぶのと一緒。」 「その秘密基地に、連れてきてくれたわけだ。」 「……そうだよ。」和樹は階段を降りはじめた。涼矢もそれに続く。それほど長い階段ではない。すぐに道路に出た。階段は公園から飛び出るように作られているため、階段脇には公園の壁と道路に挟まれたスペースができていて、そこにもベンチが置かれていた。どちらが言い出すでもなく、そこに座った。

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