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第128話 Only you(16)
「倉田さん、今仕事中じゃないんですか。」
――外回り中ですよ。
「お仕事がんばってくださいね。」
――取りつく島もないねえ。可愛くないよ、そういうの。
「俺が可愛いと思われたいのは和樹だけなんで。」
――彼氏の前では可愛いんだ?
「ええ、可愛いと言われます。」
――へえ、そう聞くとちょっと興味湧くね。
「無理ですよ、倉田さんじゃ。」
――何が無理だよ。
「俺、バリタチのドSですよ。しかも体力ありまくりで長いです。おっさんじゃ無理です。」
――それ、どういう顔して言ってるの。
「可愛い顔ですよ。」
――良い性格してるね。
「お褒めに預かり光栄です。」
――これからも哲と仲良くしてやってよね。ああ見えてね、結構脆いところもあるんだよ、あの子。
「あなたが支えてあげればいいじゃないですか。」
――そのつもりだよ。
「……。」
――そのつもりだって、伝えに行ってきた。まだ答えはもらってない。それで、今、おじさんは不安でいっぱいなんだよ。だからきみに電話した。
「……答えって?」
――離婚して、ちゃんと迎えに来るから待っててって言ったらね、そんなこと言われても困るって。そこまで求めてたわけじゃないんだって。責任感じちゃったみたいだね。離婚は別に、俺のけじめってだけで、哲のせいじゃないのにね。そう言ったら、少し考えさせてくれ、だと。頭に包帯グルグル巻きの子相手に、それ以上詰め寄っても、弱ってる隙につけこむみたいだから、分かったって、物分かりの良い大人になって、とりあえず戻ってきた。で、今度はきみに弱音を吐いてる。
「包帯グルグル巻き? 哲が?」
――そうだよ、聞いてない? 今、入院してるよ。店で殴られて倒れた時に、カウンターの角で頭を切って。傷自体はそんなに大きくないけど、頭だから出血も多かったし、念のための入院って。でも、哲は、そのことはきみに言ってないんだ? そういう子なんだよねえ。
「そう、ですか。」
――おじさん、これからどうしたらいいかねえ。
「……もう一押ししたらいいんじゃないですか。弱ってるならチャンスでしょ。」
――結構えげつないね。
「利用できるものは何でも利用したらいい。未成年相手に、既婚のおっさんてだけで相当マイナススタートなんだから、なりふり構ってられないんじゃないですか。まずはさっさと離婚成立させることからですかね。それも、なるべく円満にね。もし奥さんがごねたら長くかかりますよ、そういうの。場合によっては慰謝料請求もありうるし、手切れ金代わりにあのマンション渡すことにでもなったら、哲をどこに迎えるんですか。そうなったらあなた、バツイチの上に、金もマンションもない、しがないサラリーマンでしかないんですよ? 離婚のごたごたからゲイバレでもした日には、あんたが今まで必死で守ってきたサラリーマン生命すら危ぶまれるかもしれないんですよ? そういうの考えてから、離婚するから待ってろって言いました? あいつ、頭良いから、今俺が言ってるようなこと、とっくに分かってますよ? それに対してあいつを納得させられる答えは用意できてます?」
――……田崎くん、そんなにしゃべる子だったっけ? おじさん、今、泣きそうなんだけど。
理詰めで怒る時とセックスの時だけは饒舌になる、と和樹に言われたことが、頭をよぎる。
「逆に言えば、そこまできれいにしてから迎えに行けば、哲も逃げようがないんじゃないですか。」
――厳しいなあ……。
「それが厳しいなら、今まで通りのつきあいのほうが何倍もいいと思いますよ。とにかく、俺がこの件に関して言いたいことは全部言いました。そもそも俺、関係ないんで、もう電話とかしないでください。」
――え、友達でしょう?
「誰が。」
――きみと僕。
「俺、おっさんと友達になる気はありません。」
――また連絡するね。今日はありがとう。
「話、聞いてます?」
通話が切れた音がした。涼矢は小さく舌打ちをした。
それから、哲にメッセージを送る。
[怪我して入院してるって?]
返事はすぐに来た。
[よーちゃんから聞いた?]
[俺の電話番号なんか教えるから]
[アカウントもパソコンのアドレスも教えたのにね 電話が好きみたい]
[おっさんだから細かい字が読めないんだろ]
[よーちゃん、そこまでオジサンじゃない(怒)]
[哲がおっさんって呼んでる]
[俺が言うのはイイ]
[好きなんだ?]
[考え中 どうせなんか聞いてるんだろ? よーちゃんから]
[うん]
[なんて言ってた?]
[教えない]
[なーんーでー]
[倉田さんにも哲が何か言ってたか聞かれたけど教えてないから ここはフェアに]
[友達だろぉ?]
[おまえら都合の良い時だけ友達呼ばわりすんな][とりあえず元気そうで安心した][じゃまた後期に]
[すげー一方的~]
[お大事に]
涼矢は、哲の言う通り一方的にやりとりを切り上げる。哲については、入院が事実であること、でも「とりあえず元気」であることが確認できた。それで十分だと思った。
ただ、それだけでは、和樹は変わらず心配するんだろう。あの2人の行く末を。それを安心させてやりたい気持ちはある。けれどそのために2人に直接的に働きかけ、手を貸すのは、違うと思う。それは2人で乗り越えて行かなければ意味がない。
そう思うのは、自分たちがそうでありたいと願うからだ。和樹の兄や、喫茶店のマスターや、あるいはエミリが自分たちを「認めてくれる」のは、すごく嬉しい。でも、その後押しがなければ先に進めないのではダメなんだと思う。何がダメなのか分からない。どうなれば乗り越えたことになるのかも分からない。
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