129 / 1020

第129話 Only you(17)

 今だって、既に両想いで、心も体も結び合える。ほんの半年前までは、夢物語でしかなかった。そんな風になれたら死んだって構わないとすら思えた程の「ゴール」に、今、自分はいる。  その先のクリアすべきことって何だろう、と思う。  お互いの親兄弟に認めてもらうこと?  経済的に自立して、2人で暮らせるようになること?  養子縁組すること?  そうできればいいと思う。でも、それが無理でも、不幸せではないとも思う。和樹が、そばにいてくれるなら、それだけでいいと思う。その先のゴールを目指す必要がどこにあるんだろうとも思う。けれど、今の幸せが未来永劫続く保障なんてどこにもない。少なくとも、これが当たり前だなんて傲慢に構えていたらいけない気がする。そんな気持ちでいたら、いつか和樹だって去っていくだろう。  今より先のゴールを目指すのは欲深く、  今より先のゴールを目指さないのは怠慢で。  どうするのが正解かなんて分からない。ただ和樹をつなぎとめておきたい。そのためなら何でもする。倉田に「なりふり構ってられないんじゃないですか」などと、よく言えたものだ。なりふり構っていられないのは、俺も同じだ。  あの孤独から俺を救いだし、  この場所まで連れてきてくれた人の手を離すことなんて、  もうできない。  涼矢は大きく息を吐いた。  煙草が吸えたら、こんな時には煙をくゆらせて  酒が飲めたら、こんな時には酔っぱらって  仕事だから、義理があるから、立場があるからと言い訳をして  そんな風に気持ちを誤魔化せるんだったら、いいよな。  早く、大人になりたい。  気持ちを誤魔化すことに罪悪感も持たないでいられるぐらい、したたかな大人に。  そうでなければ、誤魔化さずに正面から向き合えるぐらい、タフな大人に。  涼矢は再び部屋を見回した。ベッドの足もとに、ハードカバーの本が積んである。涼矢がこの部屋に来た時からそれはあった。他のものはかなり雑な扱いをされている中で、その数冊の本はそれらからはきちんと隔離されているように見えた。それには地域の図書館の蔵書シールがついていて、和樹が借りてきた本のようだった。借り物には一応それなりに気を使っているらしい。  和樹がそこそこの読書家であることは、ここに来て初めて知ったことだった。好みとしては「話題の本」が多い。そこに積まれている本も、数年前の直木賞受賞作と、ドラマ化が好評だった零細企業を舞台にした小説、それに近々映画化されるというミステリー作品というラインナップだ。涼矢はどれも読んでいないが、タイトルは聞いたことがあるものばかりだ。一緒に観た映画の原作も読んでいたと言っていたし、良くも悪くもメジャー好きな和樹らしいセレクトではある。  涼矢はその中からミステリーを手に取り、読み始めた。和樹は美術に興味などないが、涼矢の観たいものが知りたいと展覧会につきあってくれた。だからというわけではないけれど、和樹が好きなものを自分も好きになりたいという感情が湧いてきた。和樹と少しでも関わるきっかけのためだけに、全く興味のないバスケ漫画を買い集めたりもしていた癖に、それを読もうとは思わなかった自分の頑なさを少し恥じた。好きな人の好きなものを好きになりたい。そんな当たり前の感情をどうして自分は持てなかったのか。ストーカーと揶揄されるほどに和樹のことを知りたいと思いながら、同じものを見よう、好きになろうとは思わなかったのは何故だろう。  その答えなら知っている。  そうやって相手に合わせて好かれたところで、それは「本当の自分」じゃないと思っていたからだ。俺は俺のままで和樹に認めてもらいたかった。それは、気に入れられるためにコーヒーを淹れてやるのとは違う。コーヒーを淹れるのは「本当の自分」が好きなことだからだ。でも、好きでもないバスケ漫画を読むのは単なる迎合で、そんな妥協と追従をした自分を好きになってもらったって、そんなの「本当の自分」じゃないし、嬉しくもない。  ……バスケ漫画を好きになったら本当の自分じゃなくなるって何だよ。  涼矢は1人で苦笑いをする。馬鹿みたいだ。自分を何様だと思ってんだよ。ベストセラーのミステリーだろうが、バスケ漫画だろうが、和樹をきっかけに読んで好きになるならそれでいいじゃないか。好きになれないかもしれないけど、和樹はこういうのが好きなんだなって受け止めればいいだけのことじゃないか。俺はどうあがいたって俺だよ。俺が好きなものを知りたいって言ってくれる和樹の素直さを嬉しがる癖に、何をそんなに、自分を孤高の存在みたいに。  ミステリーがいよいよ佳境に入ろうかという時に、和樹が帰ってきた。 「ただいま。」 「おかえり。」

ともだちにシェアしよう!