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第132話 幾望(2)
「倉田さんは、普通に出会っていれば、ごく普通の、常識的な人なんだと思う。」
「その割には、おまえの当たりは結構キツいけどな。」
「それはおまえにちょっかい出したからでっ……。ま、そこは今は置いておいて。俺、倉田さんには勿体ないと思ってるんだ、哲のこと。あいつは、うちの大学なんかでくすぶってないで、アメリカでもヨーロッパでも……とにかくあの頭脳と才能をもっと生かせるところがあるはずだと思ってるし、倉田さんじゃそれを支えきれないと思う。……でも、それは哲の希望とはきっと違ってて……あいつはそういう欲がなくて、今が楽しければいいって感じだから。とにかく、哲にとってはそれが幸せなのかもしれないとしても、俺は、哲の頭脳を倉田さんごときに独占してほしくないんだよ。そういう意味でも、離婚なんかチラつかせて、哲の恋愛モードを変に刺激しないでほしい。」
「……そんなに哲くんは優秀ですかね。俺に対する評価とはだいぶ違いますね。」和樹は白々しいほどの棒読みでそんなことを言った。
「え、いや、そういう話ではなくて……。」涼矢は少々困った顔をした。
「なんてのは、冗談だよ。おまえの言いたいことは分かった。そんなんで哲のために離婚するなんて言われたって、哲が困るってのも、良く分かった。確かに、おっさんじゃ哲は手に負えない気はするし。……でもなあ。」和樹は無意味に手をぶらんぶらんとさせながら、言葉を探す。
しばらく待っても続きが出てこない和樹に、涼矢が畳みかけた。「でも、何?」
「いじらしいだろ、30にもなるおっさんがさ、そこまで必死って。冷静に後先考えられないほど哲に夢中なんだって考え方もできるだろ? そういうの、少しは報われてほしいなあとも思うんだよな、俺。」
「……実に和樹さんらしい。」
「実に俺らしい、甘っちょろい、馬鹿みたいな意見だろ?」和樹は苦笑いした。
「憧れるよ。」涼矢は手を伸ばして、和樹の頬を撫でた。「そういう人になりたかったなあ、俺も。」
「そうか? 俺のほうこそ、おまえみたいに……いや、なりたくねえな。」和樹は笑った。
涼矢も笑った。「最近、俺は俺のこと、そんなに悪くないって思えてきたんだけどね。」
「そんなこと、この前も言ってたな。」
「うん。」
「……哲たちのことはさ、俺にはよく分かんない。おまえの言う通り、あいつらが考えるべきことなんだろうしな。けど、うまく行ってほしいと思ってる。」
「うん。」
和樹は涼矢の肩を軽く叩いた。「寿司、食いに行くか。夕飯にはちと早いけど、メシ時だと混むからさ。」
「うん。」
「奢れよ?」
「ああ。」
外に出て、階段を降りながら、和樹は言った。「俺はぁ、うどんと炙りカルビと生ハム軍艦とプリンでも食うかなぁ。」
「寿司屋では寿司を食えよ。」
「絶対言うと思った。」和樹は笑う。「あのな、寿司屋の寿司と回転寿司で回ってくる奴は、たとえ寿司と名前がついていても、違う食べ物なんだよ、そう割り切って理解しろよ。」
「なんなんだよ、それ。寿司と名乗っていいのは、せめてカリフォルニアロールまでって法律出来ねえもんかな。」
「つかね、そもそも回転寿司屋は寿司屋の仲間じゃなくて、ファミレスとかファストフードの仲間なの。それを安めの寿司屋だと思うからダメなんだっつの。」
「……ほう。」涼矢は一瞬立ち止まった。「すげえ、目から鱗だった、今の。」
「そこまで感心する話かよ。」
再び歩き出す。「うん、今なら、哲のマヨ軍艦無双もすんなり受け入れられる気分。」
「いや、それはダメだろ。マヨ軍艦だと話は変わる。」
「……難しいな、回転寿司。」
「ふはは。まだまだじゃのう。」
「誰だよ。」
2人は回転寿司屋に入る。ピークの時間帯ではないから、席は程よく空いていて、2人はコの字型のカウンター席の端に並んで座った。
「そう言えば。」粉末の緑茶を淹れながら、和樹が言う。「説明会から帰ろうとした時、スイミングスクールに来てた子にバッタリ会ってさ。塾生なんだって。」
「塾とスイミング、近いんだっけ。」
「うん。元々、スイミングスクールのバイト帰りに、求人チラシが貼ってあるのを見つけた塾だからな、近い。」
「25m泳げるようになった子?」
「じゃなくて、俺にキュンキュンしてた子。」
「ああ。例の、女の子。」
「そんな不機嫌そうなツラすんなよ、小学生だぞ。顔は結構可愛いけど。」
「ロリコン。」涼矢の寿司を食べるスピードがやたらと早くなる。
「だから、ちげえわ。」
「そうだよな。おまえ、巨乳好きだもんな。」
「大きくても、小さくても、それぞれの良さがあるんです。」
「やっぱロリコンか。」
「ちげえわ。」
その時、新たな客が来て、2人の近くに座ったため、そんな会話もそこで中断した。
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