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第133話 幾望(3)
和樹は、マグロやカンパチなど、至って一般的な寿司ネタを食べていた。さっきの炙りカルビやプリンなどは、単に涼矢をからかうために言っただけのようだ。涼矢はそれに気づいて苦笑して、それから炙りカルビを注文した。
「邪道なのを食うのか?」和樹がニヤリとした。
「食ったことないから、食ってみる。」
「俺も食ったことないの、食っていい?」
「好きなの食べればいいだろ。」
「なんでもいい?」
「え、別にいいよ。」
和樹は「大トロ。」と板前に向かって言った。
「そう来るか。」
「へへ。金皿は600円。」
2人の前にそれぞれの注文品が並んだ。涼矢は和樹が嬉しそうに大トロを頬ばるのを横目で見る。「美味しい?」
「うん。」
「若いな。俺は大トロより中トロぐらいが好き。大トロは脂がきつくて。」
「それは選べる人のセリフだね。どっちがいいかなんて選択肢がないんですよ、庶民には。それ以前に、カルビ食ってる奴に脂っこいとは言われたくねえな。」
「それもそうだ。」
「美味しかった? カブリ炙り、じゃなくて。」
「炙りカルビ、な。美味いよ。こういう食べ物だと思えば。」
「寿司に似て非なるもの。」
「そう。」
和樹は大トロの載っていた金の皿を、食べ終わった皿の上に積み上げた。「あー、美味かった。あとはかっぱ巻きでいいやって感じ。」
「いいよ、好きなの食えって。」
「うん、でも、ホントに、もう結構腹いっぱい。目が食べたいってだけ。」
「少食。」
「おまえを基準にするな。」和樹にしても重ねた皿は既に10枚を超えている。涼矢はそれより更に5、6枚多い。「でもね、回転寿司って、そういう、狩猟本能をくすぐるものらしいよ。」
「狩猟本能。」
「動いているものはつい目で追うだろ。それが自分の前を通過していくと、腹減っていなくても、今のうちに獲らなくちゃいけないって気になるんだってさ。それでつい食べ過ぎる。」
「へえ。」
「へえって、共感しない?」
「あんまり。」
「つい、取りたくならない? こう、目の前をね、行き過ぎると。」
「別に。」
「あ、そう。」
「ごめん。」
「なんで謝る。」
「分かる分かるーって流れを期待してたっぽいから。」
「そう思うなら分かる分かるーって言っとけよ、演技でも。謝られると逆に切ねえわ。」
「演技でもいいんだ?」
「いい……いや、やっぱ良くねえ。おまえはダメだ。」
「俺はダメ、なの?」
「演技ってバレバレだもん、絶対。余計ムカつくわ。おまえ、そんな、相手に合わせるキャラじゃないんだし。」
「そうかな。」涼矢はまた新しい皿に手を出す。「演技なら、ずっとしてたつもりだけどなあ。で、少なくとも、今まではバレなかった。今のおまえにはバレるかもしれないけど……おまえだって、少し前までは分からなかった。」穴子を一口で食べると、和樹のほうを見た。「……だろ?」
「……。」
「バレるほど他人に近づかなかったってのもあるけどね。」今度はガリを皿に取って、箸の先で1枚ずつ分けるようなことをする。手持無沙汰なのか。「あ、でも、ミヤさんにはすぐバレたな。同族にはバレるのかな。」
「あのさ、なんかもう、そういうの、いいんじゃない? 自虐的なこと。」
「痛々しい?」涼矢は苦笑する。
「うん。」和樹はカウンターの下の、誰からも見えないところで、涼矢の太ももに左手で触れた。「俺ね、おまえにカッコよくしててほしい。だから、あんま、そういうのは、聞きたくないし、見たくない。本音とか弱音とか、そういうのを見せてくれるのはいい。それをカッコ悪いとは思わない。けど、俺に、そんなことないよって言ってもらおうとしてほしくない……かな。」
「あー……。」涼矢は髪をかきあげた。「ホントにバレバレだな、俺。」
「カッコつけてほしいんじゃないんだ。おまえ、充分、そのままでカッコいいから、そのままでいい。あれ、なんか、言葉が変だな。」
「うん、分かるよ。分かってると思う。」
「まあ、そういうこと。……俺、もう、ごちそうさま。」
「俺ももういいや。」涼矢は店員を呼びとめて会計をお願いした。
アジア系の外国人らしい中年女性が涼矢の前の皿を数える。それからチラリと和樹のほうを見て「ベチュベチュデスカー?」と言った。涼矢が、一緒で良い、と答えると「オカイケイ、アチラデオネガイシマスー」とぞんざいに伝票を渡してきた。
まだ明るさが残っている頃に来店したが、店の外へ出た時にはさすがに暗くなっていた。むんわりと蒸し暑い。
和樹がアパートに向かって歩き出そうとすると、その腕を涼矢が掴んだ。「あのさ。」
「ん?……あ、ごちそうさまでした。」
「ああ、うん、それはいいんだけど。予算より全然安かったし。」
「で、何?」
「……このへんって、ないの? その、ホテル的な。」腕をつかんだまま、だが、目はそらして、涼矢が言う。
「へ?」
「2人で入れるとこ。」
「……分かんないけど、調べればあるんじゃないか。つか、俺の部屋でいいだろ。」和樹はちょっとだけ恥ずかしそうだ。
「そうなんだけど……。」涼矢は和樹の耳元で囁いた。「おまえの、我慢してない声が聞きたい。」
途端に和樹の顔が真っ赤になった。「そりゃ部屋では結構……我慢して……つもりだけど、全然……できてないって思っ……けど……。」最後のほうはほとんど聞こえなかった。
「ダメ?……地元はさすがに嫌か。」
「そういうわけじゃ……見られて困る知り合いがいるわけでもない、し……。」
「探すよ?」涼矢はスマホを出した。
「なんで、そんな、急に……。」
「おまえが触ったりするから。」
「触ってなんか。」
「さっき、ここ。」涼矢は自分の太ももを指した。
「あ。」
「触られながらカッコいいとか言われちゃったら、ねえ。」
「え、それでなの?」
「何箇所か出てきたけど、どれがいい?」涼矢は画面を見せた。部屋の中の写真も出ている。
「ど、どこでもいいよ。」ろくに見もせず、和樹が言った。
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