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第134話 幾望(4)
涼矢は目的地を定めたようで、「じゃ、あっち。」と向かう方向を指差してから、歩き始めた。和樹は無言でその後を着いて行く。しばらく歩いていると、涼矢がふいに話しかけてきた。「和樹ってさ。」
「なんだよ。」
「初々しいよね。」
「はあ?」
「俺よりずっと経験値高いはずだし、俺ともそれなりに結構いろんなことやってると思うんだけど、毎回、初めてみたいな反応する。」
「なっ……! ばっ……!!」和樹は耳まで真っ赤に染めて、声にならない声を上げる。
「ほら、そういう反応。」
「……っせえなぁ、また、人のこと馬鹿にして。」
「馬鹿にしてないってば。そういうとこが、ホント、可愛くってね。」
「おまえはオヤジくせえぞ。」
「うん。俺、オヤジになりたいからな。早く大人になって、オヤジくさーく、おまえをね、甘やかしたい。」
「哲を甘やかすおっさんのことはダメ出しする癖に、自分はいいのかよ。」
「俺が和樹を甘やかすのはいいんだ。」
「俺は哲みたいに、優秀な頭脳じゃないからか。」
「違うよ。」地元民でもないのに、迷うことなく細い路地をすりぬけていく涼矢。「和樹は俺が甘やかしても、甘えないから、大丈夫。」
「なんだよそれ。だいたい、なんで俺が甘やかされる側なの? 俺がおまえを甘やかしてやるっつーの。」
「……甘えてるよ、もう充分。で、俺はどっちかっていうと哲タイプだからさ、良くないよ、これ以上甘やかされたら、とめどなく甘えてダメになる。」
「ダメになるの? おまえが?」
「うん。」
「ダメになるってどうなるわけ?」
「まず、だらしなくなるだろうな。」
「掃除とかしなくなる?」
「しないしない。朝もちゃんと起きない。ベッドの中でいつまでもうだうだして。学校にも行かない。おまえが学校行こうとしたら、甘えまくって、しがみついて、邪魔するんだ。でも、おまえは振り切って学校行くの。」
「振り切れる気がしない。」
「料理もしないよ。おまえにチョコとかアイスとかいっぱい買ってきてもらって、腹減ったらそれ食うの。ベッドでね。」
「なんかエロいな。」
「テレビ見たり昼寝したり、非生産的なことだけをしておまえの帰りを待つ。そのうち、おまえにいい加減ちゃんとしろよーって怒られる。でも、ちゃんとしない。ごめーんって口先で適当に言って、セックスに持ち込んで誤魔化す。」
「うわ、そのダメっぷり最高じゃね?」
「そんな風に、おまえに媚を売り、愛玩されるだけのダメ人間となるのだ。」涼矢は何故か、アニメか漫画のセリフのような、大仰な言い回しで言った。
「分かった、今から超甘やかす。愛玩されろ。俺に媚びろ。」和樹は笑った。
「本当にそんななっても、ちゃんと愛してくれる? 最後まで捨てない?」涼矢も笑顔で和樹に聞いた。
「えー、どうだろ。おまえ、そんな生活でも結局、チョコもゴディバじゃなきゃ口に合わないとか言い出して、食費かかりそうだからな、俺のバイト代じゃ1ヶ月も持たないかも。」和樹はクスクスと笑いながら言う。
「逆だったら、俺はちゃんと最期まで看取ってやるよ?」涼矢はにっこりと笑う。「自分は毎日モヤシ食ってでも、おまえにはゴディバでも、ジャン=ポール・エヴァンでも食わせてさ。……いいよねえ、毎日、和樹が俺のことだけ考えて部屋で待ってるなんて。」
「なんでだろう、急に背筋が寒いです。」
「俺は絶対、ちゃんとしろなんて言わないよ。おまえがどんなにだらしなくても、部屋をぐちゃぐちゃにしても怒らない。なんでも、いいよいいよーって許すんだ。」
「そんな、チワワやトイプーみたいな扱いされたら、俺のほうが先にキレそう。」
「だろ? 和樹はね、そうやって、甘やかされっぱなしになってくれない。でも、いいよね。たまにね、憎しみの目で見られるのも。そういうのってそそられる。」
「……楽しそうだな。おまえ今、めっちゃ輝いてんぞ。」
「だってほら、俺、変態だから。」涼矢はある建物の前で足を止めた。「ここかな。」
そこは一見、普通のビジネスホテルか、さもなければ隠れ家的なレストランででもあるかのように見えた。入口に宿泊と休憩の料金表示がなければラブホテルとは分からないかもしれない。
「こんなとこにあるなんて知らんかった。」
涼矢は躊躇なく入って行き、和樹も慌てて後を追う。「明日、別に何にも予定ないよな? 泊まりでいいよね?」
「えっ?」
「いいよね?」涼矢は有無を言わせない笑顔で、再度言う。そして、和樹の返事を聞く前に、客室パネルのひとつにタッチした。「リゾート風の部屋にしておくね。こういうのに興味あるんだろ?」
興味。今時の、リゾート風のラブホの部屋にってことか? 確か、渋谷に行った時、最近のラブホ事情のことを話していて、そんなことも言ったような覚えはあるな……などと和樹が考えていると、涼矢は和樹の腰に手を回し、押し出すように歩き出した。それはいささか荒々しい勢いで、和樹は危うく躓くところだった。
なんか、今日の涼矢は、強引だな。和樹は、自分がチワワかトイプードルのような愛玩犬となり、涼矢にリードをつけられ、連れ回されている気分になった。慌ててその気分を消そうとして、目をぎゅっとつむった。
「なんでそんな緊張してんの。」和樹の腰に回している涼矢の手に、より一層、力が込められる。そして、涼矢は部屋に入る前の廊下で、キスをしてきた。「そそられるけどさ。」
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