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第135話 幾望(5)

「緊張なんかしてない。」和樹は言い返したが、涼矢は微笑むだけで、キーを差し入れ、部屋の中に入った。 「へえ、きれいなもんだな。」涼矢はバッグをソファに起きながら、室内を見回した。狭いには狭いが、アジアンリゾートを意識しているのであろう、白壁に飾られたエキゾチックなタペストリー、木製家具、ところどころに置かれたフェイクグリーン。それは、予想していたより安っぽくはない。「和樹、海外に行ったことは?」 「ないよ。」 「そっか。海外ってさ、空港が……空港って言うより、空港を出た瞬間っていうのかな、その時の匂いってのが、国によって結構違ってて。俺、カルチャーはヨーロッパの物が好きだけど、空港の匂いは東南アジアが好き。空気が湿ってて、有機的な匂い……花や果物の甘い香りが一番強いのかな、その中に、獣っぽい匂いとスパイスと、あとお香みたいな……そういう匂いが混じってる。」飾りというだけで、実際には開かない木の格子が嵌められた窓に、造花のブーゲンビリアが挿してある。「この花見ると、なんかそういう匂いを思い出すんだよね。」 「そんなにいろいろ行ってるの?」和樹は涼矢のバッグを少し脇によけて、ソファに座った。 「そうでもないけど。親がそんなに長期休み取れないから、遠くにはあまり行けなくて。タイとかマレーシアとか、アジアの近場にはちょこちょこ連れて行かれてて、イタリアとフランスは1回ずつ。アメリカは行ったことない。あ、グアムに1回行ったか。」 「充分いろいろ行ってるよ。」 「中2ぐらいまでかな。高校受験までは、なるべく海外を体験させるというのが親の方針で。」 「留学しないの。」 「うん、特にそのつもりはない。司法試験でそれどころじゃないってのが本音だけど。」 「哲には海外で活躍してほしいみたいなこと言ってたじゃない? あいつも弁護士目指してるんじゃないの?」 「あいつは、弁護士目指しているってより、自分の偏差値に合わせた職業としてそう言ってるだけというか。別に医者でも政治家でも構わないんだよ。」 「へえ。」 「……でさ、なんでこんなところまで来て、他の男の話してんだよ。」 「時間たくさんあるんだからいいだろ。何しろ泊まりだからな。」  涼矢は腰をかがめて、ソファの和樹に口づけた。「何言ってんの。時間なんか、いくらあっても足りないに決まってる。」それから、和樹のシャツのボタンを外し始めた。「それに、この状況で、俺以外の男の名前、おまえの口から聞きたくない。」 「おまえのことだけ考えてろって?」されるがままになりながら、和樹が言う。 「そうだよ。」涼矢は和樹のシャツをはだけながら、その首筋にもキスをした。 「媚でも売ろうか?」和樹はくすくすと笑う。 「いくらでも買う。」涼矢は、和樹の両脚の間に入り込むように膝立ちになり、和樹の上半身を抱き寄せ、はだけた胸に舌を這わせた。 「でも、チョコ払いなん……んっ。」涼矢が和樹の乳首を舌で転がす。和樹は涼矢の肩に手を回した。「あっ……。」ひとしきりその刺激の快感に身を委ねた。 「なんかさ、ちょっと、大きくなった気がする。」涼矢が和樹の乳首をさわさわと触りながら言った。 「え、嘘。」和樹は急に我に返り、自分の胸元を見たが、今までそんなことを気にしたこともなく、指摘されるほどの違いがあるのか分からない。ただ、ここ数日、涼矢からの愛撫に限らず、服越しに何かとこすれただけで、疼くような刺激を覚えるのは事実だ。 「このまま成長したら、次の夏はもう、スイミングコーチとか無理かもね。」再び口に含む。  いくらなんでもそこまでのことはねえだろ。また適当なこと言いやがって。……けど、ここんとこ、やけに感じ易いってつうか、イクまでが早くなったっつうか。涼矢のテクの上達なのか、それとも……。快感の中でも、和樹はどこか冷静にそんなことを思う。 「集中しろよ。」涼矢が乳首に歯を立てた。 「いてっ。……おまえが変なこと言うから。」  涼矢は立ち上がり、無言でどこかへ。と言っても、行先はすぐに判明した。バスルームだ。  バスルームに、涼矢は何故か自分のバッグを持って行った。風呂場に行くのに、通常、バッグは不要だろう。和樹はその理由が気になって目で追う。ガラスで仕切られているから、部屋の中からでも様子が見える。涼矢がバッグから何かを出したのは分かったが、それが何かは分からない。その後、お湯を張りだしたのは分かった。涼矢は再びバッグを手にして部屋に戻ってくる。 「なんで、カバン?」和樹は疑問をそのまま尋ねた。 「すぐ分かる。」 「じゃ、今、教えてもいいだろ。」 「……前回、泡風呂を体験したので。」 「ああ、バブルバスのジェルか。……って、それ、わざわざ持ってきたの? アメニティになかった?」 「あったよ。持ってきたのはそれじゃない。」 「どういうこと?」 「えーと、これの、お風呂用。入浴剤みたいになってる奴。」涼矢はまたごそごそとバッグを漁る。出して見せたのはローションのボトルだ。「ローションはアメニティにあったけど、あんな使い切りパックじゃ足りなさそうだし。」 「……。」 「ゴムもね。多めに持参。」 「……。」 「どうかした?」 「計画的犯罪?」  涼矢は、1人掛けのソファなのに、和樹の隣に無理矢理身体をねじ込む。「犯罪ではないだろ?」  和樹が涼矢のために少しでもスペースを作ってやろうとして浮かしたお尻を、すかさず涼矢が自分の太ももに乗せ、さらに背後から和樹を抱っこするように腕を回した。和樹はもうそのことへのツッコミはしない。今はそれよりツッコミたいことがある。「今日、回転寿司に行こうって言い出した時には、こういうの、準備してあったわけ?」

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