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第136話 幾望(6)

「いや、ゴムとローションは東京来る時にバッグに入れて、そのままだったたけ。だって部屋には和樹のがあるからね。ローション入浴剤は、タイミングよく今日届いたんだけどさ。」 「得意のネット通販で。」 「そうそう。」 「俺んち宛てに?」 「他にどこに届けてもらうんだよ。」 「今日、最初からホテル行くつもりだった?」 「んー。半々、かな。まあ、その時の流れで決めようと。」 「このホテルも、調べてあった?」  涼矢はニヤリと笑うだけで答えなかった。 「だから、やけに迷わないで来たのかよ……。妙だと思ったんだよ。」和樹は頭を抱える。 「本当はね、夜景の見えるホテルのレストランでディナー食べてさ、デザートのあたりでさりげなくキーを見せて、『部屋取ってあるから』っての、やってみたかったんだけどね。」 「バブルのオヤジくせえ。」 「そう言われる気がしたから、分相応に回転寿司にラブホにした。オヤジくさく、甘やかしたかったけど。」涼矢は和樹のうなじや耳元に、後ろからキスをした。 「……あと、何、その、ローション風呂の素? なんでそんなの買ったの。」 「楽しそうだから。でも、自宅のお風呂でやると後の処理が大変、ってレビューもあったから、まずはこういうとこで試そうかなって。」 「あっそ……。」そう言えば、前回、つまり初めて涼矢とラブホテルに行った時、涼矢は泡風呂にやけに興味津々だった。それに温泉の大浴場では泳ぐ、などと小学生並のことも言っていた。なんというか、涼矢は、風呂に対しては妙なスイッチが入るらしい。いや、風呂以外にも妙なスイッチはいくつもあるような気はするけれど。 「嫌?」 「何が?」 「計画的ラブホとか。ローション風呂とか。」 「……別に。」嫌ではない。嫌ではないけれど、嬉しくはないし、テンションが上がることもない。少しモヤモヤする。この気持ちはなんだろう。  電子音がした。お風呂が適量になったことを知らせるもののようだ。涼矢はバスルームに行く。お湯は適量のところで自動的に止まっていた。そこにくだんの入浴剤を入れる。かき混ぜている間にお湯にとろみがついて、かき混ぜる手が重くなる。涼矢はガラス越しに和樹を振り返り、手招きをした。和樹はシャツの前をはだけたまま、バスルームに行く。 「なんかすごい。」バスタブの脇にしゃがみこみ、嬉々として水面を指差す涼矢に、和樹は苛立ちを覚え、衝動的にその肩を押した。不安定にしゃがんでいた涼矢は、簡単にバランスを崩して洗い場に尻餅をついた。シャワーなどを使う前のことなので床は濡れてはいなかったが、涼矢は呆気に取られて、和樹を見上げた。 「あ。」和樹は自分のしたことに自分で驚く。「ご、ごめん。」すぐに涼矢に手を差し延べた。涼矢はその手は借りずに立ち上がった。 「やっぱり、なんか、気に障った?」涼矢はそう言って、必要もないのに砂でも払うような仕草をした。尻餅をついた後だから、無意識でそんなことをしているようだったが、入浴剤のお湯をかき混ぜた手で触れたために、逆にズボンが濡れた。さっき和樹の差し出した手を借りようとしなかったのは、手が濡れていたことを気にしていたのか、と和樹は思い当たる。自分のしたことを不愉快に思って避けられたとばかり思っていた。 「分かんない。ごめん。」和樹は室内に戻り、今度はソファではなく、ベッドに腰掛けた。涼矢はタオルで手を拭ってから、和樹の後を追った。少し離れて、同じようにベッドに腰掛けた。  2人は無言のまま、しばらくそうしていた。  やがて、和樹のほうからベッドの上を滑らせるように、手を延ばした。「手だけ、握ってて。」  涼矢はためらいがちに、和樹の手を握る。和樹は、ふう、と息を吐いた。 「怒ってない。」和樹は聞かれてもいない問いかけに答えた。「あと、好きだし。」 「……良かった。」 「今、こうしてても、全然、嫌じゃない。つか、落ち着くし。」 「うん……良かった。」涼矢は繰り返した。  和樹はうつむいていた顔を上げる。ガラスの仕切りは湯気で曇り、バスルームはぼんやりとしか見えない。「風呂、入ろうか。せっかくなのに、冷めちゃう。」 「そんな気分じゃないんだろ?」  和樹は涼矢の手を握り直して、立ち上がった。「気分とか、気分じゃないとか。女じゃあるまいし。」独り言のようにボソボソとそう言うと、涼矢の手を軽く引っ張って、バスルームへと誘った。 「女じゃなくても、気分はあるだろ?」涼矢はベッドから立ち上がらなかった。 「じゃあ、一緒に風呂に入りたい気分だよ。」 「そんな、"じゃあ"って。」 「いちいち揚げ足取るなよ。」和樹は涼矢の手を離す。「いいから、脱げよ。風呂入るんだから。」そう言い捨てて、自分も服を脱ぎ始めた。

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