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第137話 幾望(7)
和樹が全裸になっても、涼矢は動かない。「アレに俺1人で入れっての?」和樹は背後のバスルームを親指で指して言った。何も答えない涼矢を置いて、和樹はバスルームに向かった。
和樹は妙な感触の湯に浸かる。バスタブに寄り掛かり、足を延ばす。アパートの狭いバスタブを思うと、段違いに快適だ。カップルを盛り上げるためのローション風呂に1人で入る惨めさがあろうとも、こんな風にゆったりと浸かれるのならば案外意義のあることだったかもしれないと、若干の自虐を込めて思う。そう思った矢先に、涼矢は来た。和樹は上目遣いで涼矢を見つめた。
「……いい?」と涼矢が言った。
「どうぞ。」和樹は姿勢を変えずにそう言い、涼矢は和樹の伸ばした足を避けて、隅のほうに小さく縮こまって入った。「何やってんの。」和樹は笑った。
「え……だって。」
「怒ってねえって言ってるだろ。」和樹は両手を広げて、歓迎のポーズをした。「こっち来て。」
「ん。」涼矢はおずおずと和樹に寄っていく。
「乗っかっていいから。あっち向きで。」和樹の指示通りに、涼矢は和樹に背中をつけて、和樹の上に座った。和樹はそんな涼矢を背後からハグした。「怒ってないし、好きだって、俺、ちゃんと言ったよな?」和樹は涼矢の首と肩の間に、口づけた。……と言うよりは、唇を押し当てて、そのまましばらくじっとしていた。
「ん。言ってた。」
「それだけじゃダメ?」
「だって……きっと俺が何か……。でも、ごめん、考えてるけど、分かんなくて。前みたいに、俺がおまえに奢るのが嫌とか、そういうのじゃないんだろ?」
「ない。寿司、美味しくいただきました。」
「じゃあ、何?」
「……ちゃんと答えてないのは、俺もよく分かんないからだよ。」和樹は涼矢に回している手の力を強めた。涼矢の肩に顔を乗せるようにして話す。「俺、元カノ相手に、今の涼矢の立場になったことあって、同じように理由聞いた。でも、分かんないならもういいってキレられた。キレるってことは、元カノは、理由が分かってたんだろうな。けど、俺は自分でも何にイラッとしたのか、分かんないんだ。」
「イラッと、したんだ?」
「ん。おまえが楽しそうに入浴剤入れててさ。それ見たら。……いや、違うな、その前からだ。計画的犯罪とか。そういう話してたあたりから、なんか、ムカついて。」
「元カノの時も、計画的にホテルに連れ込んで、怒られたのか?」
「ちげえわ、それは怒られて当たり前だろ。」
「当たり前なのか?」
「そりゃ、だって……女の子にしてみたら、最初からそういうの目当てだったのね、ひどいわって、思うんじゃない?」
「そういうの目当てって、セックス目当てってこと?」
「そう。一緒に遊んだりメシ食ったりして、それがいくら楽しくても、その後、やけに手際よくホテル予約してあったりしたら、楽しかったこと自体、セックスに持ち込むための計画の一部みたいだろ。ああ、この人あたしとエッチするためにいろいろしてくれただけなんだって。楽しくて、良い雰囲気になって、その流れで、このまま別れるのは淋しいなあ、もう少し一緒にいたいし、2人きりになりたいなあ、ってなって、そこでどっかで休んでいかない?ってなるのがセオリーじゃない? まあ、ホントは下調べぐらいしておいたとしても、それは見せないのがマナーっつうか。」
「……だったら、それなんじゃないの?」
「え?」
「俺が、そういうの、マナー違反したから。お寿司ごちそうしてくれたのも、最初っからエッチするのが目的だったと思うと腹が立つってことだろ? それが和樹の、イライラの理由じゃない?」
「んなわけねえだろ、それは、女の子の立場の話で。」
「でも、今回のは、和樹が女の子の立場だったわけだから、やっぱり。」
「違うって。」和樹が強く否定して、涼矢は黙り込んだ。「今更、俺が、そんな、セックス目当てでホテルに連れ込まれたって、そんなことで……。」和樹もそこで言葉に詰まった。和樹は涼矢の髪の毛を指先で梳くように撫でた。毛先は濡れている。「そんなことで、怒らないよ。女じゃないから。」一拍置いて、続けた。「……なのに、女みたいに扱うから、嫌だった、かな。」
涼矢が振り返った。「それが、理由?」
「……うん。たぶん。今、思った。」
「俺、和樹のこと、女の子みたいに扱ってる?」
和樹は、今度は自分の髪をかきあげた。「そう……そう、だな。そう感じたんだと思う。おまえのやることが、俺が元カノにやってたこととちょっと重なったっつうか。なんで俺がこっちなんだよって。普通に、最初から、たまにはホテルでやろうって言われたほうが良かった……って、ああ、もう!!」和樹は、今度は自分の言葉が恥ずかしく、苛立ってきた。「なんかもう、とにかく!! おまえが!! なんか勝手に!! 俺をリードしてるみたいなのが、やだったの!! 俺って人間はマジでちっせえなあ、オイ!!」
「自分で自分に突っ込んでる。」
「るせえよ、もう。おまえが悪いんだ。いや悪くない。」
「どっちだよ。」涼矢は安堵したのと同時に、和樹が1人でジタバタしていることにおかしさがこみあげてきて、笑った。
「どっちもだよ!」
「そっか、どっちもか。」涼矢は体を半回転させて、和樹と向き合った。「じゃ、半分謝る。ごめ。」
「なんだそれ。」和樹はプッと吹き出した。
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