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第910話 冬凪 (3)
――くそ、生まれ変わったら猫になる。
「アホか。」
――でもなあ、和樹に拾われるとは限らないしな。
「いや、おまえが生まれ変わってる時には俺も生まれ変わってんだろ。」
――そっか。
「それに、おまえが猫に生まれ変わったところで、どうせ金持ちの家で飼われる血統書つきだろ。俺とは巡り会わねえよ。」
――確かに野良として生きていける気はしない。ネズミつかまえたりすんの無理。
「否定しないのかよ。」
――金持ちの膝の上で撫でられてる猫になるから、おまえは金持ちになって俺を飼え。
「金持ちなら、現世でなりたい。」
――なったら、膝の上で撫でてくれる?
「今の、人間体のおまえをか?」
――そう。膝枕でさ。
「別に金持ちになんなくてもやってやるっての、膝枕して撫で回すぐらい。」
――お、言ったな。絶対やれよ。今度帰ってきた時。
「いいけど、なんでそんなにムキになってんの。」
――俺より猫を高く評価するから。
「バカだろ、おまえ。」
――そうだよ、知らなかったか。
「優秀な涼矢くんだとばっかり。」
――バカに決まってんだろ。
「俺に惚れてるんだからバカだよねえ。」
――逆だっつの。
「逆?」
――ま、いいや。くだらねえこと言ってないで、早く寝ろ。
「はいはい、そっちもな。」
涼矢は通話を終える。今日はいつもより少しばかり長電話となったが、とりたてて何を話したというのでもない。自分がこんなにおしゃべりだとは知らなかった。
――バカだよ、俺は。四六時中、おまえのことばかり考えてるし、半月先のおまえの帰省に今から浮かれて、はしゃいでる。
――けど、そんなバカな俺が、唯一自分を褒めてやりたいと思うのは、おまえを好きになったってことだからな。
数日後の晩、涼矢は、明日が休日なのをいいことに、夜更かしをしてテレビドラマを見てる佐江子に話しかけた。
「父さん、来月帰ってくるんだろう?」
「うん、連休にね。」
「異動先、こっちのほうなのかな。」
「さあねえ。」
「だから戻るんじゃないの。引っ越し準備で。」
「そうかもしれないし、そうじゃないかも。田崎さん、そういうことほんっと口を割らないから。」
「家族なら言ってもいいんだろ?」
「まあね。」
佐江子はテレビ画面から目を離そうとはしない。それでいて涼矢の話を適当に聞き流していたわけでもないらしく、コマーシャルになった途端に話し出した。
「次は東京かも。ほら、もうすぐ定年だし。最後の栄転。」
「東京がよかったの?」
「そんなこともないけど、冥土の土産に一度ぐらい東京勤務もいいんじゃない。」
「一度もないんだ?」
「ないね。私も。」
「俺は札幌のほうがいいけど。」
「実は私も。」
「うまい食い物、送ってきてくれるし。」
「そうそう。田崎さん、そういうとこ、まめだからねえ。」
「父さんが定年したら、ここで暮らすの?」
「そうね。何年かは。」
「ずっとじゃないんだ?」
「本当は私、涼矢が出て行ったら、もう少し狭いところに住みたいんだよね。マンションでもいい。だって掃除が大変でしょ、私たちはこの先、老いていくばかりなわけだし。」
「ああ、そう言えば母さん、前にもマンションがいいって。」
言いかけて、思い出した。その発言は和樹の話題をしていた時のことだ。そのうち和樹と同棲するのなら、自分も同じマンションに住みたい、「スープの冷めない距離」でちょうどいい。そんな意味のことを言っていた佐江子。
コマーシャルが明け、ドラマの続きが流れ始めたが、佐江子はもうその画面を見ようとはしなかった。
「で、お父さんが戻るから、何?」
そう言いながら、佐江子はリモコンでテレビを消した。
「いいよ、後で。テレビ見てたんだろ。」
「録画してるからいい。」
「録画もして、今も見てたの?」
「リアルタイムだからこその醍醐味というのもあるのよ。でも、もういいや、そっちの話が気になる。」
「……大した話じゃないよ。父さんが帰ってきたら、一日、空けてほしいと思ってて。」
「珍しいね、あなたがそんな、持って回った言い方するなんて。それってお父さんだけ? 私も?」
「二人共。」
「へえ、なんだろう。誕生日でもないし。」
「俺、サプライズ苦手だから、先に言っちゃうけどさ。」
「うん。」
「銀婚式、なんだろ?」
「へ?」
「父さんと母さん。去年だったかもしれないけど。」
佐江子が指折り数えて二五年だと言ったのは去年の五月のことだ。そして、佐江子はその時と同じ動作をした。
「うわぁ、本当だ。」
「自分で言ってたんだよ。もう去年の話だから一年遅れかもしれないけど。」
「うちの場合、何をもって二五周年と言ったらいいのか微妙だから、誤差の範囲だね。」
結婚式も挙げていない。籍も入れていない。夫婦として一緒に暮らしたこともないではないが、涼矢が産まれる前後のわずかな期間だ。確かに、どこから二五年という歳月を算出したのかは不明だった。
「それじゃ何を基準に銀婚式だと思ったわけ?」
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