和樹の部屋に泊まらせると聞いて、条件としてエミリに毎日電話をかけさせた。自分だってエミリと話したかったわけじゃない。当然のことながら、接触はできるだけ避けたいぐらいだった。それでも、「何かを科す」ということをしないと、「ほかの女が和樹の部屋に寝泊まりする」という事態に耐えられなかったし、エミリにも和樹にも、自分がいかに不愉快なのかを思い知らせてやりたい衝動が抑えられなかった。同時に、エミリの友人、そしてかつてエミリに想いを寄せられていた立場からすれば、それはいかにも狭量な考えだとも思った。だから、聞きたくもないエミリからの電話を受けることで、その罪悪感を相殺した。 　哲がわざわざ倉田を経由させたのは、そのことと関係しているのかもしれない。一度、エミリから電話がかかってきた時、その場に哲がいた。いつもの涼矢らしからぬ電話の応対にいろいろとつっこまれ、事情はかいつまんで話したのだ。 「哲から連絡させて。」 ――分かった、伝えておく。 　電話を切った涼矢は、和樹が心配そうにこちらを見つめていることに気が付いた。「哲がこっちにまた来てて。俺らと話したいって。」 「俺、ら？」和樹は、ら、を強調して聞き返した。 「うん。出来れば和樹も同席してほしいみたい。」 「怪我は？」 「元気だとは言ってたけど……。まあ、哲からの連絡待ちだな、今のとこ。」涼矢は吐息をつく。「悪いな、変なのにつきあわせて。嫌だったら俺だけ会うようにするから。」 「倉田さんも一緒に？」 「おっさんもいるんだったら、おまえは行かせないよ。」 「ふうん。」 「そっちは？」 「え？」 「ミヤさん。」 「ああ、うん、なんか、映画の上映会があるから、良かったら来ないかって。」 「映画？」 「例の、LGBT？……の活動で、そういう映画ばかりを集めた上映イベントやるんだって。今日から３日間。作品は日替わり、トークイベントもあります。」和樹はLGBT、という単語に慣れないようで、画面を読みあげるようにして言った。 「へえ。」 「あんまり興味なし？」 「うん。悪いけど。俺は別に、そういうんじゃないから。」 「そういうんじゃないって？」 「ゲイ差別を失くせ、とか。そういう運動に身を投じるつもりがない。」 「ああ、そういう。」 「……勝手だけどな。」 「ん？」 　涼矢は苦笑した。「おまえがいるから、満足しちゃってんだ。」涼矢は和樹の頬を撫でた。「本当だったら、自分がこんな風に恵まれた環境にいるんだったら、助ける側にならないといけないのかもしれないけど。昔の俺みたいに、そういうことで苦しんでる奴は、きっといっぱいいるんだし。」 「俺がいなかったら、ミヤちゃんみたいなこと、やってた？」 　和樹の言葉に、涼矢は頬を撫でる手を止めた。 　和樹がいなかったら。いても、今のようにつきあえていなかったら。それは想像したくない仮定だったが、今の現実よりよほど「ありえたはずの」現実に思えた。 「どうした？　俺、変なこと言った？」和樹が涼矢の顔を覗き込んだ。 　涼矢は床からベッドに座り直した。和樹もそれにつられるように隣に座る。「そうだとしても、やってないだろうな、俺は。」 　それがさっきの質問への答えだと和樹が気付くのに、少し時間がかかった。「まあ、そうだよね。涼矢は、やらないよね。」 「和樹もそんな気、するだろ？　今でこそ聞かれればオープンにしてるけど……おまえとこうなるまでは、墓場まで持って行く秘密だと思ってたし。」 　和樹は意外そうな表情で涼矢を見た。「俺が言った、そうだよねってのは、そういう意味じゃないよ？」 「え？」 「俺が言いたかったのは……。ミヤちゃんみたいに動ける人ってすごいと思うし、そういう人のおかげで良くなることってたくさんあると思うんだけど、みんなの前で大きい声が出せる人だけで世の中が出来てるわけじゃないし、そういう人だけが偉いわけじゃないっていうか。みんなそれぞれ自分の持ち場みたいなのがあってさ、そこで頑張っていればいいことで、他人と比較してどうこう言うべきことじゃなくて、ええと、つまり、涼矢がミヤちゃんと同じことする必要なくて、涼矢は涼矢として頑張ってて、それで充分だと思うし、自然なことだと思う。」 「……。」涼矢は和樹の肩を抱き寄せた。「和樹さんはすごいね。」 「はい？」 「なんか、すごいよ。」 「意味分かんねえよ。別にすごい話してない……っつかさ、今しゃべりながら思ったんだけど、おまえとかミヤちゃんに比べたら、俺ってホント使えねえなーって、ヒシヒシと反省してたとこだよ。」和樹は照れ笑いする。「俺は何して、何になればいいのかなあ。」そう言いながら、和樹は涼矢の腕ごとベッドに倒れ込んだので、涼矢も一緒に倒れた。「とりあえず東京行ってー、とりあえず経済学部行ってー。そこまでしか考えてなくて、その先のことは何も考えてなかった。今も分かんねえ。」 「いやあ、そういうことで悩むなんて青春ですなあ。」 「ですなあ。……あ、あと、もいっこね、思うところがありました。」 「何？」 「いや、ミヤちゃんのね。その、LGBTですか、そういう活動。俺にとっては、アフリカの飢えたこどもたちを助ける活動とか、絶滅危惧種の動物を保護する活動とかと、変わんないんだよね。でも、よくよく考えてみたら、俺って、当事者なの？」