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第144話 僕らの事情(3)

「え?」 「だからね、俺って、ゲイなの?」 「あー……。」 「俺、涼矢以外の男を見て、キャー素敵とは思わないわけですよ。それでね、涼矢くんは、アレなの、そのへんは、どうなの?」 「は?」 「だからつまり、俺以外の男の生ケツ見ても、おおっと思ったりする、ものなの?」 「……。」 「正直にお答えください。怒りません。」 「……まあ、そう、ですね。」 「女ではならない?」 「ならない、ですね、はい。」 「ですよね。で、俺はと言えば、やっぱり今でも、おおっと思うのは、女性の裸なわけですよ。そんなんでね、ゲイを名乗るのはおこがましい気がする。」 「おこがましいって。」涼矢は笑った。 「とはいえ。」 「とはいえ?」 「この服の下はどうなっているんだろうなと妄想していた対象が、最近男性にも拡大されてきたのは事実であります。」 「えっ、ちょ。」涼矢は半身を起こす。「男に興味持っちゃダメ。」 「なんだよ、いきなり。」今度は和樹が笑った。 「男はダメ。」 「でも、涼矢に似た感じの人だけだよ? 電車の中とかでさ、目の前におまえぐらいの背の男が立ってると、ついじーっと見ちゃうんだよね。こう、見えてる腕の感じとかから全身像を想像しちゃってさぁ。涼矢よりも少し筋肉質かなぁとか、お尻とかもキュッとしてそうだなぁとか。」 「男の尻なんて、最もダメ!! 見ちゃダメ! 想像しちゃダメ!!」 「想像もダメなのかよ。そんなこと言ったらおまえ、ラッシュの電車なんか、身動き取れない状態でケツになんか当たったり、自分のが当たっちゃったり、そういうのも前はなんとも思わなかったけど、最近ちょっとヤバい時があって。」   「……おまえ、おもしろがってるだろ?」 「うん。」  涼矢は、ハァと溜息をついて、和樹の腕枕状態になっていた手を引き抜き、頭を抱えた。「それ以上言ったら、地元に強制送還するからな。」 「心配性だなあ、もう。電車の話は嘘だよ。あ、似た人見ると目で追っちゃうのは本当だけどさ。」 「おまえの高校時代の行いを振り返ってみろよ、嘘が嘘でなくなる日も近い気がするよ……。」 「過去のことは振り返らない主義。」 「それで将来何になるかも考えてないなら、ホント何も考えてねえってことじゃないかよ。」 「うわ、きっつぅ。」和樹は涼矢に抱きついた。「考えてるってば。言ったじゃん、ただいまーおかえりーって言い合って、おはようのチューもする、そんな未来のために頑張るってさあ。ただ、おまえの弁護士みたいには、具体的な道筋が見えてないだけで。そういうのは、これからちゃんと考えなきゃいけないなって思ってるよ。」 「ふん。」涼矢は信用ならないと言わんばかりに和樹を一瞥しつつも、どこか嬉しそうに頬を染めた。その頬に和樹はキスをする。  ベタベタと涼矢に絡みつきながら、和樹が言う。「ねえ、さっきの答え、聞いてない。俺ってゲイなの?」 「……違うんじゃねえの。今のとこは。つか、知らねえよ、俺、専門家じゃねえもん。」 「専門家。専門家って人がいるの? ゲイ鑑定士みたいな?」 「ヒヨコのオスメス鑑定するみたいに言うなよ。」 「じゃあ、何? 誰?」 「……あのさ、言葉の勢いで言ったことをつっこまれても困るんだけど。まあ、強いて言うなら、性同一障害の診断下すのは医者だから、医者なんじゃないの。」 「でも、聞いたことないよね、自分がゲイかどうか医者に診断してもらう人。性転換手術したい人は別にして。」 「聞いたことはないな。だってそれ診断してもらったって、何も変わんないから。診断してもらって、薬でも飲めばまともになれるんなら、俺だってそうしてた。」 「まーたそういうこと言う。」和樹は涼矢の鼻をつまむ。 「……哲や倉田さんに聞いてみれば。あいつらはそういうコミュニティにいるし、詳しいかも。あとは、それこそミヤさんとか。」 「倉田さんに聞いても良いの?」 「あ、ダメ。前言撤回。」 「ははっ。」和樹は涼矢の唇にキスをする。「いいよ。そんなの、ちょっと思いつきで聞いてみただけ。俺はおまえのこと好きで、それをおまえが分かってんなら、それでいい。」  涼矢は、ひとつ、和樹に言わないでいたことがあった。  自分がゲイかどうか医者に診断してもらう人なんて聞いたことはない……と無邪気に和樹は言ったが、涼矢はそうしたいと思ったことがあった。結果的には他人に知られるのが怖くて病院の扉を叩くことはできなかった。僕は一生、男の人しか好きにしかなれないんですか。それって病気ですか。治す方法はありませんか。僕はこのままずっとゲイなんですか。そうだとしたら、これから先、どうやって生きて行けばいいんですか。  哲や倉田や宮脇は、どうやってその感情をコントロールできるようになったのだろうと思う。みんなは初恋の人に死なれもせず、最初から周りの人の理解も得られ、安穏と生きてきたのだ……などと傲慢なことは思わない。彼らには彼らの何かがあったはずだと思う。  たとえば哲の乱れた性関係は、あっけらかんと自分の性癖を受け容れているかのように見えるけれども、もしかしたら自傷の一種なのかもしれないのだとも思う。だから涼矢は哲を放っておけないし、倉田にもっとしっかりしてほしいと思わずにはいられないのだ。その倉田にしても、要領よく偽装結婚にこぎつけたかのようだが、ここにきてジタバタと「世間」に抗おうとしている。倉田の中にだって割りきれない感情がずっと燻っていたのだろうと思う。

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