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第145話 僕らの事情(4)

 ミヤさんこと宮脇についてはもっと分からない。彼はバイだのゲイだのと言うよりは、博愛主義者の要素が強い人、というイメージだ。彼の愛は広くて豊かで、だから震災ボランティアで炊き出しをするのも、LGBT映画の上映会を企画するのも、彼の中では同等の、愛の実践なのだろうと想像する。奇抜なファッションに身を包み、自分を広告塔のように扱うのは、自己顕示というよりはその逆で、みんなのために矢面に立つ斥候のようにも見える。何が彼をそう駆り立てているのか、涼矢には見当がつかない。  だが、最終的にはこうも思ってしまう。――ほかの奴のことなんか、どうだっていい。  自分には和樹がいる。それだけが大切だ。依存するのではなく、お互いに支え合って、成長の糧になるような、そんな存在になりたいと思っている。でも、ともすればすぐに、愛し愛される喜びに溺れたくなる。弁護士の夢さえも、今は自分の夢というよりは、弁護士を目指して頑張ると和樹が喜んでくれる、そのためのものになっている気がする。テストで良い点をとってお母さんに褒められたいこどもと同じだ。友達も先生も関係なく、お母さんに愛されたいと願うこどものように、和樹にさえ愛されれば、それでいい。それがこの世のすべてだ。そうやって、ずぶずぶと和樹だけを見て、和樹に溺れたい。そんな自分を食いとめているものもまた、決して自分に甘えてこない和樹だ。みんなはすごいと素直に他者を称賛し、自分は何者になればいいのかとまっすぐに悩む和樹を、自分と同じような、自分本位のつまらない人間にしてはならない、そう思う気持ちと、自分本位のつまらない人間であるとバレて、和樹に愛想を尽かされたくないという気持ちだけが、今の自分をなんとか自力で立たせているのだと思う。 「愛してるよ。」涼矢は和樹の唇を指で触れた。  触れている和樹の口角がきゅっと上がる。「何、急に。」 「おまえだって今、俺のこと好きって言っただろ。」 「あそっか。」涼矢の指先はまだ和樹の唇にある。親指を口の中に入れた。「あにすんらよ。」舌足らずに和樹が言う。噛まないように気をつけていても、しゃべると歯の先が軽く涼矢の指に当たる。涼矢はすぐにその指を引き上げて、そして、元のように上体を起こした。 「コーヒー淹れるけど、飲む?」 「ああ。」和樹は寝そべったまま答えた。  涼矢はベッドから降りて、湯沸かしポットに水を入れながら、そっと親指の先を舐めた。  哲からの連絡があったのは、結局夕食も終えた夜のことだった。哲からの「明日会えないか」というメッセージに対して、涼矢がいくつかの質問を投げかけても、曖昧な返事しか戻ってこなかった。要は哲の返事は「直接会った時に話す」ということでしかなかった。そんな調子だったから、あとは何時にどこで会うかということしか話す内容はない。翌日の昼に再び哲が吉祥寺まで来るから、ファミレスででも話そう、ということになった。 [和樹も同席させなきゃダメなのか] 涼矢は聞いた。できれば和樹を巻き込みたくなかった。和樹本人は逆に哲と涼矢を2人きりにはさせたくなさそうだが。 [ダメってことはないけれど、いてくれると助かる] [あいつ関係ないし] [だからこそ客観的に聞いてくれそう。それに、俺らのうちで一番まともだ] 哲のその意見には賛同できた。 [分かった、おっさんはいないんだよな?] [平日の昼だよ、普通に仕事だよ] [それなら、連れていく] [過保護だなあ(笑)] [倉田さんに対しては過保護なぐらいでいい] [その人とのショーライについての相談なんだけどなー] [結論は出てる やめとけ] [明日ね]  その後は既読マークもつかず、レスポンスがなくなった。哲にしても倉田にしても、どうしてこう人の話を聞かず一方的なのだろう、と涼矢は思う。 「悪いな。おまえまでつきあわせて。」涼矢はまた和樹に謝罪する。 「別にいいよ。」和樹は素っ気なく答えた。 「好きなもん食っていいから。」 「は? 何だよ、それ。こどもか。」和樹は笑った。和樹が笑うとホッとする涼矢だった。和樹はチラリと涼矢を見た。小さく手招きをする。何事かと涼矢が顔を近づけると、いきなり首の根元を引き寄せて、涼矢の首筋を強く吸った。痛いぐらいだった。 「何すんの。」涼矢は突然のことにびっくりしながら言う。 「マーキング。」 「え。……ああ、そういうこと。」涼矢はまだかすかに痛むその跡を撫でた。 「明日の朝消えてたら、またやるから。」 「いいよ。」哲の前で、涼矢は自分の所有物だと誇示したい。そう思ってくれるなら本望だ。そう思いつつ、涼矢は和樹の肩を強く抱いて、和樹のうなじの近くを、さっきの和樹と同じように、強く吸った。 「なっ……。」とっさに押し戻そうとする和樹を涼矢は制して、更に反対側の首筋にも同じ痣をつけた。 「マーキング。」涼矢はにっこり微笑んだ。後につけた首筋の痣に人差し指で触れる。「俺とお揃いのをひとつ。」それから、うなじのほうの痣を。「自分では見えない……鏡でも見えないとこに、もうひとつ。」

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