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第147話 僕らの事情(6)

 その行為に感情が揺さぶられているのは和樹のほうで、はじめは強い罪悪感だ。申し訳ない気分に占領されて、涼矢のほうを見ることもできない。だが、ぞわりぞわりと官能の刺激が足先から這いあがってくるようになると、そのことが涼矢にバレてやいないかと、そっと窺い見てしまう。その瞬間は必ず涼矢と目が合うので、涼矢はそれより前から自分のことを「観察」しているのだと知れる。そして、その時の涼矢の口元は自分の足でよく見えないのに、何故か笑っていると分かる。そうなるともうダメだった。涼矢は、罪悪感を打ち消すほど「感じている」和樹が見たくて、これをしている。思い通りにそうなっていることを確認して、笑っている。そうか、「こんなことをさせて涼矢に悪い」なんて思わなくていいのか。この行為で失うプライドなど、はなからないのか。あるとするなら、それは俺のほうで、だから涼矢は「プライドはないのか」なんていうくだらない質問には答える価値もないとスルーしたのか。  そこからタガが外れる。 「はあっ……。」こらえていた甘い声が溢れてしまう。  ベッドで足を舐められること自体は、もう何回もあった。それでも慣れない。毎回こんな風に罪悪感からスタートして、いつしか快感に変わる。今みたいに、自分から舐めろと命令してそうさせたことはほとんどないが、そうでない時より、強い罪悪感から始まり、そしてより強い快感を覚えた。  もういい、やめろ。そう言わなくてはと思いながら、言えなかった。和樹の身体がヒクヒクと痙攣するように震えた。 「涼……。」和樹は足元の涼矢を見る。やはり目が合う。「キスして。」  涼矢は立ち上がり、立ったまま腰をかがめ、和樹の肩を抱いて、キスしてきた。和樹は、ああ、良かったと思う。何が「ああ、良かった」なのか。足舐めをやめさせることができて? キスしてもらって? たぶんどちらでもなく、「快感が続行していること」に満足している。今の自分は、さっき涼矢にからかわれた時より、よっぽど「エロい顔」をしているに違いないと思う。  翌日、哲と3人で入ったファミレスは、3人が入ったと同時に満席になった。禁煙席を選ぶと幼児連れの女性たち、いわゆる「ママ友」というのだろうか、そういったグループに囲まれた。幼児のはしゃぐ声、それを諌める声、あるいは幼児以上に声を張り上げておしゃべりに興じる声で、自分たちの声が聞こえづらいほどだ。だが、内容が内容だけに、シンと静まり返っているよりは話しやすいとも言えた。  哲は元気そうだった。これといった傷も見当たらない。哲たちと焼肉を食べたのはちょうど1週間前だが、その時と変わった様子はないように見えた。  3人とも昼食を食べていなかったので、それぞれ注文する。飲み物はドリンクバーにした。注文品が来る前に交互にドリンクを取りに行く。  メロンソーダを一口飲んで、哲が口を開いた。「都倉くんまでごめんね。」 「いや、別に。いてもいなくても同じだとは思うけど。」和樹はどうふるまっていいのか分からないでいる。 「そんなことないよ。」哲はもう一口飲んだ。  涼矢はカプチーノを飲もうとして、予想外に熱くて、またソーサーに戻したところだ。 「りょ……田崎さあ。」哲が涼矢と言いかけて言い直す。「ヨウちゃんからどこまで聞いてる?」 「……。」涼矢は黙っている。 「俺がヨウちゃんから言われたのはね。俺ときちんとつきあいたいってこと。きちんとってのは、今までみたいな一晩限りの遊びとか、セフレみたいなのは作らないってこと。それと、奥さんとは離婚するってこと。」 「……ああ。」 「でも、俺は学生だから、卒業まで待つつもりだって。それまでには離婚して、あの調布のマンションのままかどうかは分からないけど、俺と暮らせるような準備をするって。」 「卒業までって、あと3年以上ある。」涼矢はそれだけ言った。 「そうなんだよ。」哲はハア、と吐息をついた。「それまで、俺にもよそに男作るな、だって。」 「言われなくても、おっさん一筋になるんだろ?」 「そうだけどさ。」 「おまえの願い通りになって良かったじゃないか。」 「そうだけど。」哲はそんなことばかり繰り返す。 「いざとなったらビビったか?」涼矢がそう言ったので、和樹は、おやっ?と思う。そう思ったのは倉田と自分で、涼矢はビビったのではなく、倉田の浅薄さに引いたのだ、と言っていたはずだ。 「そうじゃない。」哲は否定した。 「デミグラスハンバーグセットのお客様。」店員が割って入ってきた。哲が手を挙げて、料理が哲の前に置かれた。ハンバーグに、ライスに、サラダに、カップスープ。その後続けて、和樹の注文したカレードリアセットと、涼矢の注文した生姜焼き定食も並べられた。  哲は倉田の話を中断して、X県は東京よりさらに暑かったとか、病院食がまずくて閉口したといったどうでもいい話をした。 「都倉くんのそれ、一口ちょうだい。俺のハンバーグもあげるから。」と、和樹のカレードリアを見ながら哲が言った。  和樹は哲の顔を見て、その後、涼矢を見る。涼矢も和樹を見ていて、見合った瞬間、吹き出した。

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