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第148話 僕らの事情(7)

「なんだよ、なんで笑うの。」哲が腑に落ちない表情で言った。 「一口ちょうだい禁止なの、俺ら。」和樹が笑いながら言う。 「は? なんだ、そのルール。」 「自分の食いたいものを注文してるわけだよ。それを100%食いたいんだよ。ハンバーグは要らないんだよ。なあ?」和樹は涼矢に同意を求めた。涼矢はうなずく。 「でも、メニュー見てた時、ハンバーグかドリアか悩んでたよね。ハンバーグもちょっとは食べたいんじゃないの。」 「ハンバーグはね、涼矢の手作りのほうが美味しいってことを思い出したからやめた。だからもう、未練はない。」 「俺の手作りっていうか、共同作業で作ったけどね。」涼矢が補足した。 「そうそう、共同作業。」 「なんだっつの、いちゃいちゃしちゃって。俺が今日何のために来たか分かってる?」哲は行儀悪くフォークで涼矢を指しながら言った。 「俺らが誰のために来たのか分かってる?」和樹が言った。そう言いながらも自分のカレードリアの一部をスプーンですくいあげて、斜め前に座る哲のライスの皿の端に載せた。涼矢と和樹が並んで座り、涼矢の前に哲が座っていた。 「カズくんたら、やっさしーい。」と哲が言った。 「都倉さんと呼べ。」と涼矢が言った。 「え、都倉くんですらないのかよ。」哲が笑う。 「いいよ、別に。カズくんでも和樹でも。」和樹が言った瞬間、涼矢が勢いよく和樹を見た。信じられない、という顔だ。「涼矢のことは涼矢と呼んじゃダメだけど。」と和樹が付け足す。 「なんだよ、それ。」哲ではなく涼矢が不服そうに言う。 「だっておまえは人の呼び方なんて、気にしないじゃない。俺が何て呼ばれたってどうだっていいんだろ。」 「いや、でもさ。」  涼矢を遮ったのは哲だ。「ちょいちょいちょい。そういうのいいから。要は俺が都倉くんて呼べばいいんでしょ。なんかよそよそしくて嫌だけど。せっかくのお友達なのに。」 「トックンにしようか?」和樹が笑いながら涼矢に言う。「そしたらおまえ、サッキーか。」 「トックンはまだしも、俺が今更、哲にサッキーってのはちょっとなあ。」 「なになに、何の話。」 「俺の友達がさ、俺のことトックンて呼ぶの。そいつだけなんだけどね、そんな呼び方する奴。この間、涼矢もそいつに会ったんだけど、サッキーってあだ名付けられて。」 「サッキー。」哲はそこだけ繰り返して、笑った。 「そんで、そいつ、バイなんだって。なんかねえ、なんだっけ、ゲイとかバイとかの学生のための活動してるって。」 「LGBTな。」涼矢はバッグから宮脇の名刺を出した。「こんなの。」名刺には活動団体名が、その裏面には活動の概略が書いてあった。 「へえ。」哲はそれを一瞥しただけで大体のことを把握した様子だ。「うちの大学にもあるよな、こういう、セクマイサークル。」 「そうなの? 俺、知らない。」 「まだ正式発足してないかも。」 「何、哲、関係してんの?」 「してないけど、数学科の奴から聞いた。つか、一緒に活動しないかって誘われた。断ったけど。」哲は時々他学部の講義にもぐりこんでいる。 「その数学科の奴って、男?」 「うん。」 「寝たの?」 「うん。1回だけね。」 「そういうのも切ってかなきゃいけないわけだ、今後は。」 「そうね。ヨウちゃんの言うこと聞くならね。」 「聞かないの?」 「……食い終わってからにしよう。食欲なくなる。」  食欲がなくなる程度には、倉田のことはきちんと考えるべき問題としてとらえているようだ、と和樹は思う。 「あ、ごめん。」哲が唐突に言った。 「何?」と言ったのは涼矢だったが、哲は和樹に向かって言った。「ハンバーグ、全部食っちゃった。分けようと思ってたのに。」 「要らないし。」和樹は笑った。 「ドリアもらったのに、ごめんね。」哲は申し訳なさそうに言う。そういう顔もできるんだ、と和樹は思った。だったら、こんなことより他にもっと申し訳なさそうにすべきことがあるように思うが。「デザート。デザート、食べる? それは奢る。」と哲が言った。 「え、全部奢りじゃねえの。」と涼矢が言った。 「そんなこと一言も言ってませんけどぉ。」 「哲のために馳せ参じてやってんだよ、こっちは。貴重な2人の休日に。」 「遠恋なのに申し訳ないとは思うけど、俺は田崎みたいに金持ちじゃないの。」 「そういや交通費とか、どうしたの。こんな、行ったり来たりしちゃって。」 「今回の分はヨウちゃんが。」 「そっか。」 「で、デザート。どうする?」哲が和樹に話しかけた。さっきから倉田の話になるとスッと話題を変える気がする。 「食べる。けど、普通に割り勘にしよう。」と和樹は言った。 「そう?」哲はあっさり引き下がった。  デザートを頼んで、それも食べ終わって、ドリンクバーでお替わりもして、いよいよもう倉田の話に戻らないわけには行かない。 「で?」と涼矢が水を向けた。  哲は困り顔で、でも微笑んでいる。元々口角の上がった顔だから、微笑んでいるつもりはないのかもしれなかったが。 「あのさ、ひとつ、最初に聞きたいんだけど。」和樹が話しかけた。哲が少し驚いたように和樹を見る。 「何?」 「倉田さんのこと、好きなの? ……好きだとは思うけど、つまり、一番に好きなの?」

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