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第154話 Someone Like You(1)
「和樹のサークルの人たちの前では、ちゃんと控えてた。哲は別にいいだろ。俺らのこと知ってるんだし。」
「それはそうだけど……。」
「嫌なの?」
「嫌というか。一番好きとか言われんの、恥ずかしい。2人きりの時ならともかく。」
「今はいい?」
「え。……はい。」
「一番好き。」自分の胸のあたりに回されている和樹の手に、涼矢は口づけた。
「はい。ありがとうございます。……俺もですよ。さっきは、哲の前だから、言うのは控えてましたけど。」
「なんで敬語。」
「だから、恥ずかしいっつの。」
「2人きりの時ならいいって。たった今。」
「そんなにすぐにスイッチ切り替わらないの。」
涼矢は体を起こし、半回転して、和樹のほうを向いた。今度は涼矢のほうから和樹に腕を回し、小首をかしげて言う。「好き。」そして、キスをする。それを何度も繰り返した。
好き。キス。好き。キス。好き。
「……何回続くの、これ。」されるがままになっていた和樹が、ようやく照れくさそうに言った。
「和樹のスイッチが切り替わるまで。」
「エロ方向に?」
「俺のこと、好きって言ってくれれば、それでいい。」
「同じ意味じゃん。」和樹は涼矢にキスをする。涼矢の口を割って、舌を入れた。
それには応えた癖に、和樹が涼矢のTシャツの下の素肌に触れようとすると、その手を制した。「ここまで。」
「えっ。」
「これから勉強もしなきゃならないし、飯も作らなきゃいけない。」
「いやいやいや、それはないでしょうよ。」
「ダメ。」涼矢は和樹から離れた。
「煽るだけ煽っておいて、なんだよ。」
涼矢はベッドからも降りて、黙々と勉強道具を出し始めた。
「おい、ちょっと。涼矢。」肩に手をかけると、それすらもピシャリと払われた。「なんで? 怒ってんの?」
「別に。」
「今、怒るポイントあったか?」
「怒ってない。」
「怒ってるだろ、明らかに。」
「怒ってない。すねてる。」
「へ? なんで?」
「好きって言ってくれなかった。」
「はぁああ?」
「俺は何度も言った。今だって、好きって言ってくれればいいって、はっきり言ったのに、おまえ、言わないから。だから、すねてる。」
「すねてるっておまえ……。言っただろ、一番好きって。」
「言わなかった。おまえは、俺も、って言っただけだ。」
「分かったよ、じゃ言うよ。言うから。好き。涼矢くん。大好き。一番好き。世界一好き。」
「もう遅い。」
「ええー。そんなこと言わないでさあ、エッチしましょうよ。」
「おまえ今、過去最大級に最低だぞ。」
「最低でもいいので。」
「そこで1人で抜いてろ。」
「そんなこと言って、ここで俺が1人でヤッてたら、涼矢くんも勃っちゃうでしょ? そしたらどっちにしろヤッちゃうでしょ?」
「本当に最低。」涼矢は和樹に本格的に背を向けて、テーブルの上でテキストを開いた。
「マジで勉強するの?」
涼矢は返事をしない。
「ねえ。」
返事はない。強いて言うなら、シャーペンの走る音が返事だ。
「俺1人でヤッちゃっていいの?」
返事はない。筆圧が高いのか、シャーペンの芯がポキッと折れた。
「んじゃあ、フェラしてやろっか?」
返事はない。カチカチと芯を繰り出す。
「どうしたら許してくれる?」
返事は……まずは、ため息だった。それから涼矢は肘をついて頭を抱えた。もう一度ため息。そして、背後のベッドにいる和樹を振り向いた。「プラグ装着したまま30分耐えろ。以上。」そう言い捨てて、また背を向けた。
「……ハードル高ぇよ。」
返事はない。
「あれ、いろいろ準備も大変だし。」
返事はない。
「……あの、一応確認だけど、今だけの話だよね? 夜まで待てばいい?」
やっと涼矢が振り向いた。「そんなこと言ってる限り、もう一生おまえとはしない。」
「えっ、ちょっ、まっ。」
「好きの一言すら言ってくれない恋人とセックスなんかできない。」
「だから、もうそれは言っただろう?」
「相手の顔色見て、じゃあ言うとか、だから言うとか、そういうことではないだろ? おまえ、散々そういうこと言われてきたんだろ? 言わなきゃ分かんないならもういいって振られてきたんだよな? 何故その反省が生かされない?」
「お、おまえこそ、俺がそういう奴だって分かってるんだから、そういうところ込みでさ、もっと広ーい心で俺を受け容れろよ。俺のこと好きなんだろう?」
「おまえそれ、自分で言ってて恥ずかしくない? ……分かったよ、いいよ。俺、いつも、おまえの言うことは何でも聞くって言ってるもんな。」涼矢は立ち上がり、服を脱ぎだした。
「いや、ちょっと待て、別にそういうことを言ってるんじゃ……。」
「おまえも脱げよ。ヤリたいんだろ?」
「あの、俺が好きだよと言わなかっただけの話っすよね?」
「そうだよ。悪かったな、たかがそれぐらいのことで態度悪くして。」涼矢はパンツ1枚にまでなると、和樹のシャツにも手をかけた。和樹は帰宅後、着替えておらず、外出時のままの格好だ。「言うこと聞きますよ、いくらでも。惚れた弱みですから。」そう言いながら、和樹のシャツのボタンを全部外した。
「でもあの、エッチを、そんな、怒りに任せるようなやり方はいかがなものかと……。そういうものでは、ない、でしょ?」
「誰のせいだと思ってんの。」涼矢は和樹の肩のところから手を差し入れて、シャツを背後に落としながら、そこにキスをし、歯を立てた。
「んっ。」和樹は噛まれた痛みを、それでも、耐えた。
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