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第155話 Someone Like You(2)

「……痛かった?」噛み痕に指先でそっと触れて、涼矢が言う。 「平気。」  涼矢は和樹を抱きしめた。「そんな優しいのに、なんで好きって言ってくれないわけ?」 「言葉が、それほど大事?」 「……他にどうやって確かめたらいいか、分からない。」 「分かんない?」和樹が涼矢に口づける。「これじゃ、伝わんない?」 「伝わる……ような気はする、けど、俺の思い込みや勘違いかもしれない。」 「言葉は、嘘かもよ?」 「嘘でも、言葉になってる方が、安心できる。」 「マジか。」でも、確かに、前から、涼矢はやたらと言葉にはこだわっていたように思う。自分のことを好きかと何度も聞きたがった。そうだ、それに対しては何度でも好きだよと答えてやればいいだけのこと、と俺も思ったはずだ、あの時は。それから時には、俺が安易に口した言葉尻をとらえて、揚げ足を取るようなこともする。それもこれも、涼矢の「こだわり」のせいなんだろう。弁護士なんか目指してるから、言葉にシビアになるのか、それとも、持って生まれた性格か。きっと両方。「好きだよ。……って、そんなの言わなくても分かるだろってのは、涼矢は、嫌なんだな?」  和樹は、同じようなセリフを前にも口にしたことを、突然思い出した。元カノ相手にも、言葉足らずだったがゆえに失敗したという話をした時だ。つきあいに慣れてくると、つい甘えが出てきてしまって、言わなくても分かるだろうと思い込んで、それで失敗したから、気を付けようと。そんな風に話したはずだった。涼矢は和樹よりも更に無口だったから、涼矢にも同じことが言えた。あの頃と比べたら、涼矢はだいぶたくさんのことを話すようになったけれど、自分ときたら結局……。  涼矢があの時の会話を覚えているか分からないが――、おそらく覚えているだろうが――和樹の言葉に、うなずいた。 「ちゃんと言葉で言えよ。人に求めるなら。」 「……嫌だ。」 「分かった。これからは、言葉で言うようにする。絶対。」 「絶対?」 「……は、無理かも。なるべく。できる範囲で。」 「うん。」 「だから、おまえも、俺が言葉にしてないことも、分かろうとして。」 「でも俺、そういうの、すぐ悪い方に考えちゃうし。」 「そうならないように努力してよ。」 「……なるべく。できる範囲で。」 「うん。」和樹は涼矢の髪に触れ、頬にキスした。「俺が言葉にできてない時は、出来る限り、良い方に考えて。俺の態度が、好きなのかどうか分からなくて迷ったら、好きなんだって思って。」 「できるかな。」 「だって、絶対、それが正解だから。」 「絶対?」 「うん。これは、絶対。」和樹は涼矢と唇を合わせる。「好き。」もう一度。「好き。」それから、もう一度キス。「さっき、これ何回言った?」 「6回キスして、7回好きって言った。」 「数えてたの? きめえ。」和樹は笑った。 「きめえんだよ、俺は。」 「でも好き。」そして、キス。  2人で並んでベッドに横たわった。和樹が左腕を天井に向けて突き上げた。「アームカットって、ここを、切るわけ?」肘の内側を右手で指す。 「ピロートークでする話じゃないな。」涼矢が言う。 「そうだけど。聞いたら、気になっちゃって。……痛いよな。」 「痛いだろうね。哲は、この辺に。1本なら単なる怪我かもしれないけれど、何本かあったから……たぶん。」涼矢も腕を出して、指を横に何回か滑らせた。 「そっかあ。倉田さんも知ってるよな。」 「そりゃ、あの人の前では長袖も脱いでるだろうしね。」 「……ふわ。」 「何? 変な声出して。」  和樹は何か妙なことを口走るのを防ぐように、伸ばしていた腕を曲げ、自分の口を手で押さえていた。 「どうした。」 「……いやぁ……。俺さ、今まであんま、哲と倉田さんが、その、そういう関係だって、リアルに考えたことなくて。」 「今、リアルに想像しちゃった?」 「……うん。哲と倉田さんに限らず、その、えっと……。ほかの人の、男同士のそういうの、想像したことってないから。」 「実践はしてんのにな。」 「だからこそ、生々しく想像できちゃったよ。どうしよう。」 「別にどうしようもする必要なくない?」 「ですよね。」 「男同士のは想像すら抵抗があるんだ?」 「そう言うと語弊があるけど。……あの2人だったら、やっぱ、倉田さんが入れる方だよな。」 「この話、続ける気?」 「気にならない?」 「ならねえよ。ちなみに倉田さんがタチで哲がネコだよ。」 「知ってるんだ?」 「頼んでもないのに、哲が詳細に語るから。」 「何をどのように。」 「おまえ、こういう話、ホント好きだな? 部室でも下ネタばかりしてたもんな。」 「だって男の子だもん。」 「哲に聞けよ。喜んで微に入り細に渡り教えてくれるよ。なんだったら手取り足取り、腰まで取って。」 「ほう、おまえはそうやって教えてもらったのか?」 「そうだよ。」 「おいっ。」和樹は涼矢の肩をつかんだ。 「最初にそういうの聞いたのはいつだったかなあ。……講義が終わって、みんな出て行った教室で、2人だけになったことがあって。次のコマは2人とも空いてたから、なんとなくそのままそこでくっちゃべってて。そしたら、哲が、前日の話をしはじめて。ああ、それは倉田さんが相手じゃなかったかな。いろいろ聞いたからゴッチャになってるけど。例のバイト先のバーで、お客さんに手を握られたとか。」涼矢は和樹の手を握る。「こうして、手の平をくすぐるように。」言いながら、指先で和樹の手の内をくすぐる。和樹は涼矢を見た。涼矢は挑発的な上目遣いで和樹を見ていた。「これはつまり、そういう誘いの合図なんだってさ。」

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