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第156話 Someone Like You(3)

「その話をしてた時、哲は。」 「今、俺が和樹にしているようなことを、俺にした。」そう言いながら、もう一度、指先で、手の平をくすぐる。 「なっ。そ、それが、例の、声かけられた時の話か?」 「違う。もうこれは断った後、普通のお友達になってからの話。」 「どこが普通の友達だよ。断った後もそんなことしてんかよ、あいつ。」 「隙あらば口説いてきたよ。一回だけでいいからって。」涼矢は和樹の手を自分の口元に寄せて、その甲に口づけた。「すげえいいから、試してみろって。」意図的かどうか不明だが、また和樹を挑発する目で見る。  和樹は飛び起きて、涼矢に馬乗りになる勢いで、両肩を押さえた。「今の、本当のこと?」  涼矢はにっこりと笑った。「言葉は、嘘かもしれない。和樹がさっき言ってたね?」 「嘘なのか? そうだよな?」 「……嘘だよ。ぜーんぶ、嘘。」 「なんだよそれっ。それも嘘だろ? どこから嘘だよ?」 「本当かどうか迷うなら、良いほうに考えてよ。和樹にとって、全部嘘ってのが都合良いなら、全部嘘だよ。」 「てめ、いいかげんにしろよ。ふざけてねえで、ちゃんとホントのこと言えよ!」  涼矢はゆっくりと肩を押さえている和樹の腕をつかみ、この手を除けろと言いたげに、誘導した。和樹はおとなしく涼矢から離れ、放心したように、壁にもたれて座った。 「哲が俺に、たびたび昨夜の相手がどうだったといった経験談を聞かせていたのは本当。」和樹は無言でそれを聞く。 「バーの客に手を握られた時の話で、俺に同じことをしたのも本当。」和樹は少し気色ばんで、涼矢を見た。 「最初に断った後も、試してみろって言われたのも本当。」 「全部ホントじゃねえかよ!」和樹は涼矢に食ってかかった。 「そう。嘘はついてない。でも、言ってないことはある。……俺は哲の話のほとんどをまともに聞いてないし、俺がそういう態度するせいか、スキンシップが好きなのか知らないけど、哲は俺によく触る。もちろんその度に振り払ったりはしてる。今みたいに手を握られた時は、度が過ぎてると思ったから、二度とするなと怒った。口説いてきた時には、軽くだけど、殴った。それでも性懲りもなく下品なことを言ってきた時には、股間を蹴り飛ばした。これは割と本気で。そこまでやったら、その後はおとなしい。」 「……そこまでやるか? それも嘘か?」 「本当。」 「そこまでやられてあいつ、おまえとあんな、仲良くしてんの?」 「そう。」 「変な奴。」 「なんか、嬉しいみたい。」 「は? あいつマゾか?」 「殴り合いした後に、おまえもなかなかやるじゃないかって笑い合う、みたいな友情物語だと思ってる。俺が殴ると友情が深まってると思ってる風。」 「……ちげえと思うけど。」 「俺も違うと思う。」 「……類友? 変態同士の。」 「おまえがそう思いたいなら、それでいいよ。」 「いいわけないだろ。」 「だから、あいつは、歪んでるんだって。歪んでて、いびつで。でも俺も似たようなものだから、合うと言えば合う。でも、お互いの救いにはなれない。……俺は、いいけど。おまえいるから。」  最後の一言に、和樹はそれまでの不機嫌さを忘れたかのように、頬を染めて、照れた。 「おまえを喜ばせようとして言ったんじゃないよ。」そんな和樹に反比例するように、涼矢は冷たく言い放った。「倉田さんだって、歪んでる。哲の救いにはならない。」 「その話に戻る、か。やっぱりおまえ、友達思いだな。」 「友達っていうか……哲見てると、もう1人の自分見てるみたい。おまえに出会わなかった自分。」 「そうかな。俺は違うと思うけど。だっておまえ、俺に会う前から、おまえだっただろ。」 「えっ?」 「おまえだって辛くて……その、死にたくなったりしたかもしれないけど、ちゃんと自力で戻ってきた。自暴自棄になることだってあったかもしれないけど、だからって誰かれ構わず寝なかったし、腕も切らなかった。柳瀬だったり、津々井だったり、エミリだったり友達に信頼もされてて、仲の悪い従妹の出産に感動できて、おばあちゃんやお母さんのために嫌いな本家にだって行って、ちゃんとそうやって、周りの人のことも自分のことも、大事にしてたわけじゃない? それ全部、俺に会う前からだろ? 俺に会って変わったことなんて、童貞じゃなくなったことと口数が増えたことぐらいだろ。おまえはずっとおまえで、哲とは全然違うよ。」  涼矢は和樹を見つめた。俺がずっと俺だって言うなら、和樹もやっぱり、ずっと和樹だ、と思う。こういう和樹だから、好きになった。  和樹は何かに気が付いた、という風に目を見開き気味にして言った。「そっか。だからやっぱり、哲は自力で何とかしなきゃならねえんだな。おまえの言う通り、俺があの2人に何かしてあげようなんて思うのは、違うんだな。哲は哲なんだから……。」

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