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第157話 Someone Like You(4)
涼矢は和樹に顔を近づけて、間近で和樹の顔を見た。
「な、何?」涼矢が至近距離で見つめてくる。キス寸前の距離だが、する雰囲気はない。また「キスしてほしいの?」などとからかわれるのも嫌で、和樹は目をつむることもせずに、ただ戸惑っていた。すると、やはりと言うべきか予想外にと言うべきか、涼矢がキスしてきた。2人とも目を開けたままのキス。
「好き。」
「え。ああ、うん、俺も。……あっ、俺も、好き、だよ。」
涼矢が和樹の前髪を撫で、頬を撫でた。「俺は、和樹に好きって言っても、キスしてもいいんだよね。」
「へ? ああ、そりゃ、どうぞどうぞ大歓迎って感じだけど。」
「それってすげえ贅沢。」
「そうか?」
「ほんの半年前まで、俺は、おまえに好きって言えなかったんだよ? 人生で最大の難関がそれだった。」
「……。」
「哲は……一番好きな人に、好きって言えない。」
「キスして、とも言えない。」
「たぶん、この先も。」
「……だろうな。」
「俺は、恵まれてる。俺は哲とは違うって言ってくれたけど、俺と和樹の距離より、俺と哲のほうがずっと近い。こう、人間を10種類ぐらいに分類したとしたら、哲と俺は同じくくりに入るけど、おまえは全然違うところにいる。俺がおまえと出会えて、哲はまだそういう人に出会えていないのは、ちょっとした偶然なんだと思う。俺が哲より頑張ったからじゃない。」
「いや、でも、おまえは」
言いかける和樹に、涼矢は言葉をかぶせた。「ちょっと聞いて。俺ね、今まではそこで終了してた。でも、今は、俺が恵まれたことにも、意味があるんだと思う。和樹、さっき、俺は俺でずっと変わってないって言ってたけど、和樹と出会って変わったこと、他にもあるよ。……俺、こんな風に、誰かのために何とかしてやろうって、今までは思わなかった。」
「……じゃあ、哲のこと。」
「さっきのおまえとは逆のこと言うみたいになっちゃうけど、もうちょっと、関わろうと思う。もちろん余計な口出しはしないし、先回りもしない。でも、倉田さんの番号を登録するぐらいのことはしてみようと思う。」
「それはまた、すっげえちっちゃい関わり方だな!」
「そうだよ。でも、それすらしようと思わなかった。俺にとっては偉大な一歩だ。」
「そっか。」和樹はホッとしたような笑みを浮かべて、涼矢を見た。
「でも、頼まれてもいないことを自分からするなんて、俺、したことない。適度に、ちょうどよくって……そういう加減、分からない。だから、和樹が、ちゃんと、見ててよ。やり過ぎだとか、もっとこうしてやれとか……教えて。」
和樹は、はは、と小さく笑う。「分かったよ。俺で、いいなら。」そう言いながら、はっきり思う。涼矢は、1人で、なんでもできる。今までもそうだったし、これからもきっとそうだ。こんな風に言ってはいるけれど、俺に頼ることなんかないだろう。でも、頼っていい相手と思われたい。どうしてもの時には……助けてって言わなきゃならない時には、真っ先に俺の名前を呼んでほしい。
涼矢ができないことを、俺にできるとは思えないけど。
その涼矢に助けてと言われたところで、助けられないかもしれないけど。
でも、一緒に、悩んだり苦しんだりすることなら、できるかもしれないから。
「あ。」和樹は呟く。
「ん?」
「倉田さん。倉田さんさ。あの人、別に哲を救おうとか助けようとか、思ってないのかも。」
「え?」
「俺らより長い付き合いなんだよ? 哲のことなんか、分かりきってる。あいつが頭いいことも、腕の傷のことも、馬鹿みたいな遊び方してきたことも、あの人は知ってる。」
「そう、だけど……。」
「自分じゃ哲を助けられないことも、知ってるんじゃないかな。」
涼矢は上体を起こして、考え込んだ。イライラと親指の爪を噛む。
「あの人は……。」
和樹の言葉を断ち切るように涼矢は言った。「じゃあ、なんで哲にあんなこと言う? 助けられないなら、黙って何もしないほうがマシだ。振り回されるだけ迷惑だ。」
「違うよ、涼矢。……いや、俺だって、分かんないけどさ、たぶん、そうじゃなくて。」
「そうじゃないなら、何だよ。」涼矢の語気は、話を続けるごとに荒くなっていった。
「怒るなよ。なんか急に哲に感情移入しすぎ。ほら、第一回目の俺のアドバイスだ。あまり、のめりこむなよ。哲は、おまえじゃない。」
「……。」
「倉田さんも、哲じゃないし、おまえじゃないし、俺でもない。……あの人はただ、哲と一緒にいてやろうとしてるだけだと思う。」
「は?」
「哲が嫌な目に遭ったら、嫌だったねって。楽しいことがあれば、楽しいねって。そうやって寄り添ってあげたいだけなんだと思う。」
「だから、それじゃ哲は救われないだろ。」
「救えないけど、一緒に……。」
「傷を舐めあうの? そうだねそうだねって共感し合えばそれでいいの? そんなの、哲はただ甘やかされて、ダメ人間になるだけだ。チョコだけ食って生きていく気か、あいつ。」
「でも、哲は、そうしたいんだったら。……いや、違うな。そうしたいわけじゃなくても、そんな風に言ってもらいたい時だってあるだろ? おまえだってチョコとアイス食って甘やかされて暮らしたいなんて本気で思ってないだろ? でも、そうしていいよって、言われたかったんだろ?」
涼矢は黙った。唇を噛んで、和樹を睨んでいた。悔しいのか。怒っているのか。和樹には涼矢のその表情の意味が分からなかった。チョコを食べて、甘えるだけ甘えるダメ人間の話は、涼矢が自分でおもしろおかしく話していたのではなかったか。それなのに、何故そんな表情を浮かべるのか。
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