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第158話 Someone Like You(5)

 涼矢は突然、ベッドから降りた。そうかと思うと、すごい勢いで部屋着を着た。それからシンクのところへ行き、水道水をコップに注いで、一気に飲み干した。コップを乱暴にシンクに置いたので、割れるかと思うほどの音が響いた。普段の涼矢なら、そんなガサツな行動は決してしない。 「なんで怒ってんだよ。」 「怒ってないよ。」 「おまえそんなんばっかり。怒ってるくせに、口先だけ、そんなこと。」 「怒ってないってば。」ツカツカとベッドに戻ってきた。「俺はね、今ものすごーく、自分が情けないわけ。ああ、だから、怒ってんのか、やっぱり、これは。」 「……もうちょっと、分かりやすく言ってくれるか。」 「だから。さっき、俺は哲と似てるって。同じ種類の人間だって。まるで俺が一番哲のこと分かってるみたいなことを言ってたのに、ぜーんぜん分かってなかったわけ。それが分かって、すげえ腹立ってる。自分に。」涼矢はベッドに腰掛ける。これもまた荒々しく座ったので、ベッドが大きく弾んだ。 「自分に?」 「そうだよ。……哲は、歪んでるし、危なっかしいけど、あれはあれで、あいつの処世術だと思ってたし、強さだとも思ってた。ただ、あんなやり方じゃいつか限界が来るとも思ってた。それを支えてやれるとしたら、倉田さんみたいな普通の人じゃなくて、もっと、大人で、哲よりもっとなんでもできて、あいつを手の内で泳がせてやれるような人じゃないとダメだって思ってた。俺さ、さっきの、何かしてやりたいって思ったっての、倉田さんとうまく行くように協力するって意味じゃない。倉田さんじゃ無理ってことに気がつかせたかったんだ。」 「倉田さんなんかじゃ何もできないって思ってた?」 「思ってたよ。おまえとか倉田さんが、哲を助けてやろうとするの、正直、余計なお世話だと思ってた。哲の邪魔すんなよって。あいつそんなヤワじゃねえよって。一時的に目の前の藁にすがりたくなってるだけで、そんなよそ見させなきゃ、もっと良い相手だっているだろうし、そしたら、哲自身、今よりもっと高みを目指せる奴になるって思ってた。」 「随分、高く評価してるんだな。」 「……俺、大学であいつにまとわりつかれるの、実のとこ、少し、誇らしかった。」 「え。」  涼矢は両手の指を、顔の前で組んだ。それを額にあてて、ふう、と一息、深く息を吐いた。それから目をつむって、言葉を探す。「あいつは俺よりもっとずっとオープンなゲイで。首席だってこともみんな知ってて。でも、人懐っこくて、気さくで。つまり、特別な奴として目立ってた。そんなのが、俺に始終くっついてきた。俺は俺で、想像つくだろうけど、少し浮いてたわけで。でも、もっとぶっ飛んでる哲と一緒だと、俺まで少し……良い意味で特別な存在みたいに見られた。あの2人は違うよねって目で見られるのが、不愉快というよりは……ちょっと気分良かった。あいつのこと理解できるの、俺ぐらいだろなんてことまで、考えて、浮かれてた。」涼矢は口の端を歪めて、無理に笑顔を作る。「でも、その俺が、あいつを一番、1人にしてたかもしれないって、今、思った。倉田さんじゃ無理で、もっとすごい人とつきあえばいいって。そりゃそうかもしれないけど、そんな人、どこにいるんだろうな。いつどこで哲はその人に出会うんだろうな。俺は、会えるかどうかも分かんないその人に出会うまで、あいつに1人で耐えろって言ってたんだな。自分はおまえに甘えてる癖に、哲には誰にも甘えるなって、ひでえ言い草だよな。」そこで涼矢は顔を上げ、和樹を見た。「……俺、どうしたらいい?」 「おまえは……。」涼矢のそんな縋るような目を、初めて見た気がした。初めて見るその表情が、自分のためではなくて、哲のためだということに、和樹は軽い嫉妬を覚えた。その感情を悟らせまいとしつつ、努めて冷静に答えた。「今まで通りでいいんだと思う。ちゃんと哲、おまえに頼ってきたじゃない? 倉田さんに言えないことを、おまえには話した。おまえと哲は、あれだろ、殴って笑い合って友情を深めた友達なんだろ? だから、それでいいんだよ。この先の、甘えさせる係は、倉田さんにやってもらおうよ。俺らじゃ哲を甘やかせられねえだろ? ただ、おまえはそれを邪魔すんな、これからは。哲が頼ってきた時に、思ったことを言ってやれば、いいんじゃないのかな。」 「それだけでいい、のかな。」 「いい。俺が許す。」 「おまえが?」 「そう。俺が許す。だって、そうだろ? 涼矢は、哲に許してもらいたいの? それとも倉田さんに? 俺じゃねえの?」 「……和樹。」 「だろ。だから、俺が許すんだ。」 「和樹が、許す。」 「うん。」 「……そっか。分かった。」涼矢が和樹に手を延ばして、和樹の手を握った。「分かった。」ともう一度、繰り返した。

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