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第159話 Someone Like You(6)
「でもさぁ、ちょっと、妬けるわ。」今度は和樹がベッドから降りた。
「ん?」
涼矢の正面に回ってニカッと笑うと、腰を屈めて、その顔を涼矢の顔の前に突き出した。「俺は、誇らしくない?」
「……誇らしいよ。言っただろ、イケメンですよって心の中で自慢しながら歩いてるって。」
「なんだ、やっぱ顔だけか。」
「そんな、こと、ない、けど……。」
「あら、声が小さくなってますよ?」
「だって、和樹の最大のセールスポイントは、そのルックスだろ? まず何を誇るかと言ったら、やっぱり、そこだと思う。」
「ははっ。」和樹は涼矢の腰を伸ばして元の姿勢に戻ると、涼矢の髪をくしゃりとつかむようにしながら頭を撫でた。「そこまでしゃあしゃあと言われると、逆に気分いいな。」
「どうでもいいけど、目の前でブラブラさせんの、そろそろやめて。」ベッドに腰掛ける涼矢の視線の先は、ちょうど和樹の股間だった。
「おう、そうだった。」和樹は足元に脱ぎ捨てられたパンツを拾う。またそれを穿くか、新しいのを出すかを判断すべく、じっと眺める。「……ん?」
「ん?」涼矢も和樹も同じ表情で顔を見合わせた。
「……このパンツ、俺のじゃない。」そう言って、和樹は涼矢の短パンのウェストゴムを引っ張って中を見る。「おまえが穿いてるのが、俺んだ。」
「あれ? そう? 同じじゃない?」和樹の手にあるパンツも、涼矢が穿いているのも、グレーのボクサーパンツ。
「違う。俺、カルバンクラインだもん。」和樹は手にしたパンツを洗濯カゴに入れ、新しいのを出そうと、衣類収納ボックスを開けた。「……って、あれ?」
「チッ」
和樹が振り返る。「おまえ今、舌打ちした?」
「してません。」
「したよな?」
「してません。」
「なんで俺のパンツ、アルマーニになってんだよっ。」
「あ、そうなの?」
「俺の目を見て言ってもらおうか。」和樹が涼矢に近づくと、涼矢はあらぬ方向へと顔を向けた。
「しまう時、間違えたかな。ごめんね。」
「涼矢くん?」
「……別にいいじゃないですか。大差ないじゃないですか。それにアルマーニのほうがちょっと高いですよ。」
「開き直りかよ。つうか、値段じゃねえし。」
「穿き心地もほぼ変わらないと思いますけど。」
「そういう問題でもなく。」
「実際、気が付かなかったでしょ、今まで。」
「……いつからだ。」
「……俺が洗濯担当になってから……。」
「来てすぐじゃねえかよ。」
「そのぐらいの役得があってもいいかなあ、なんて。」
「役得、なの?」
「うん。」
和樹は深いため息をついた。「どうして俺の彼氏、変態なんだろう……。」
「大丈夫、それ、洗ってある。いや、俺も洗ってから穿いてる。そこは一応、ラインは超えてない。」
「超えてるよ、既にすげえ超えてるから!」
「彼シャツが良いなら彼パンツだっていいだろ。」
和樹は涼矢の着替えが積み重ねてあるコーナーに行き、下着を物色する。「返してもらうぞ。」
「え、せっかく。」
「せっかく、何?」
「……何でもないです。」
和樹はカルバンクラインとアルマーニを交換した。ついでに、そのカルバンクラインの1枚を穿き、Tシャツと短パンを着る。
「今穿いてるそれも、後で返せよ。」和樹は涼矢の短パンを指差した。
「いいだろ、1枚ぐらい。」
「マジでキモい。」
「特にこれ、思い出の1枚だから。くれ。」
「うわ、ついに"くれ"って言っちゃう? いや、その前に、思い出の、って何。」
「俺への誕生日プレゼント……の一環としての、顔射記念。あの時に穿いてたんだ、これ。」
2人のパンツは……ということは和樹のカルバンクラインは、黒もしくはグレーのどちらかで、同じグレーのパンツは他にもあるのに、何故「それ」が「その時のそれ」と識別できるのか不思議だったが、それを聞いたら更なる地雷を踏みそうで、聞くのはやめた。「……なあ、股間を蹴り上げた時の哲の発言と、今のおまえのその発言は、どっちが下品なわけ?」
「そりゃあ、哲だよ。」
和樹は、そう即答する涼矢のTシャツの首元を締めあげるように掴んだ。「なんて言われたの?」
「……下品過ぎて、俺にはとても口にできない。」涼矢はニヤリと笑う。和樹の頭に手をやり、自分に引き寄せ、耳元で囁いた。「口にはできないけど、実践することはできるよ。どんな風に下品か、知りたい?」
和樹は締めあげていた手を外し、外す勢いで涼矢を軽く突き飛ばす。「知りたくねえよ、バーカ。」
涼矢はクックッと笑った。「だよね。」目尻に涙まで浮かべて笑う。涼矢にしては「大笑い」と言って良かった。
「もう、マジで。やめて、そういうからかい方も、パンツも。」
「分かった。」
「……今、穿いてるそれは、やるから。それでもう勘弁して。」
「え、くれんの?」
「だって、それまた自分で穿くのも、微妙にやだ。」
「シャツの時はそんなこと言わなかったのに。」
「ちげえだろうが。シャツと、パンツは、明らかに。」
「そうかなぁ、どちらも身につけるものだし、大差ない。」
「もうやだ、こんな彼氏。」和樹は泣き真似をしてみせた。
「現実とはいつも裏切るものなんだよ、和樹。」
「知るか。てめえが言うな、変態。つか、おまえなんでヘラヘラ笑ってんだよ。」
「だって彼パンツもらったから。」
食器セットをあげた時よりも喜んでねえか、こいつ。そう思った和樹だったが、それを口にして、否定されなかった時の衝撃を思うと、言えずじまいだった。
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