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第921話 二重奏 (7)

「電話受けたり、入塾希望者の対応したり、あと経理的なこともかな? 俺のバイト代の計算もしてたから。なんかいろいろやってたよ。飾り付けもしてたし。」 「飾り付け?」  そう聞き返したのは宏樹だ。 「小学生も多い塾だったからね。クリスマスツリーとか、ハロウィンの飾りとか、なんか可愛くデコってんの。」 「幼稚園みたい。」  と恵が口を挟んだ。 「そうだ、前職が保育士で、そういうの作るの好きなんだって言ってた。」 「資格があるっていいわね。」  それとこれとはあまり関係ない気がしたが、言えば恵がヘソを曲げそうなので黙っていた。  そんな会話をしている間、隆志はずっと新聞を読んでいる。  菊池の菓子は、想像通りの洋菓子の詰め合わせだった。 「この箱、可愛いね。何かに使えそう。」  恵が箱の絵柄を褒める。「何かに使えそう」とは「もったいない」の次に恵がよく言うセリフだが、実際にこういった空き箱の類を何かに役立てている前例は思い浮かばない。 「ねえ、宏樹に来てた割引ハガキ、使ってもいいわよね?」  また恵が唐突に話題を変え、宏樹がキョトンとした。 「和樹にスーツ買ってあげようと思ってるの。」 「ああ、あのダイレクトメールか。俺も欲しいんだよなあ、新しいスーツ。今の、腹回りがちょっときつくなって。」 「だからダイエットしてるんじゃないの。」  和樹が冷やかすと、宏樹は照れたように笑った。 「そのつもりだったんだけど、股のあたりもこすれて薄くなってきてる。真面目に痩せないとまずい。……が、とりあえず破れる前に一着ないと更にまずい。」  恵が状差しからダイレクトメールを持ってきた。 「だったらこれでいいじゃない。二着買えば二着目半額。サイズが違ったっていいんでしょう?」 「じゃあ、俺と一緒に見に行くか。」 「私も行く。和樹に任せると適当なんだもの。」  宏樹と一緒なのは構わないが、母親同伴には抵抗を感じた。しかし、東京のアパート探しの時に嬉しそうにしていた恵を思い出し、たまにはいいかと思い直す。  ただ、気になることがひとつあった。 「いつ? 高校はまだ授業あるだろ? 週末は母さんがパートなんだろ?」 「土日でいいわよ。私は三時上がりだから、その後で。パート先の近くでしょ、そのお店。」 「今度の土曜は半日授業あるし、午後は部活だ。日曜日だな。」 「……分かった。」  今日はまだ水曜日だ。明日から涼矢の家に行くとして、日曜の朝まで過ごしたら三泊。帰省していきなりそれでは、さすがに恵も怪しむだろうか。あるいは宏樹に呆れられるだろうか。土曜日のうちに帰宅すれば平気だろうか。そんなことばかりを算段してしまう。  それにネクタイ。ネクタイは涼矢が買ってくれると言っていた。恵のことだから、スーツを買えばそれに合わせてワイシャツもネクタイも、と言い出すに違いない。だが、ネクタイなら複数あっても問題はない。むしろ何本か持っているほうがいいだろう。 「じゃあ、日曜日に。」  和樹はそう言ってリビングを後にした。  とりあえず明日は涼矢に会いに行ける。そのことは伝えておかねばならない。メッセージを入力しかけて、通話に変えた。会話したのは数分だ。明日行くよ。何時? 昼頃。昼メシは食ってから来るか? ああ、そうする。了解。  泊まる、とは言わずにいた。明日の恵の様子次第ではそれも難しいかもしれない。帰省して早々、機嫌を損ねるのは得策ではない。 「電話中?」  通話を切ると同時に宏樹の声がして、和樹はベッドから飛び起きる。 「ノックしたぞ。」  責めるより先に宏樹が言った。 「マドレーヌ、うまかった。」  宏樹そんなことを言いながら、いつかのように部屋の真ん中にあぐらをかいた。と言っても、今はあの時と違い、周りは扇風機やらに加湿器やらに囲まれているが。 「あ、俺、結局食ってないや。」 「だから俺だけが太るんだ。」 「俺のせいじゃないだろ。」  和樹は笑う。 「カズはなんかやってんの。運動。」 「やってないよ。腹筋とか、あとはたまに近所を走るぐらい。」 「でも、やってんだ? 偉いな。」 「体動かすのは好きだからね。」 「俺だって好きだけど、最近はなあ。」 「……で、そんな話をしに来たわけ?」 「冷たいこと言うな、久しぶりに顔合わせたんだから。」 「涼矢とのことなら、うまくやってるよ。」 「……。」  先手を打たれたのが気まずいのか、宏樹は鼻の頭を掻いた。 「そうだな、ヒロには言っておくか。」  宏樹は顔を上げ、和樹を見つめた。 「母さんが急にスーツがどうとか言い出しただろう? あれって、俺が成人式の写真撮りたいって言い出したからなんだ。」 「そうなんだ? いいんじゃないか、おふくろたちとも写真ぐらいは撮ればいいのにって言ってたんだよ。」 「ん。でさ、アリスさんの娘さんに撮ってもらうんだけどね。カメラマンやってた人らしくて。……って話はしたっけ?」 「涼矢んとこの親が銀婚式で、撮ってもらうってのは聞いた。」 「そう、そのついでにね、俺の写真も撮ろうっつう話になってて。涼矢も成人式出てないから。」 「ああ、そういうことか。」

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