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第922話 二重奏 (8)

「だからね、つまり。……銀婚のお祝いの席に、俺も出るんだ。お祝いの席っつっても、向こうの家族の食事会に呼ばれてるだけなんだけど。」 「涼矢の両親と、涼矢と、おまえ?」 「そう。」 「そっか、向こうの親は知ってるんだものな。」 「うん。」 「そうか。」  宏樹はまたうつむいて、しばらく考え込んでいる。その姿もまた、いつかの「あの日」を思い出させる。涼矢に告白された時のことだ。 「うちは……難しいよね。」  和樹の言葉に、宏樹の体がピクリと反応する。 「別に、いいんだけどさ。」 「本当にそう思ってるのか?」  床にあぐらをかいた宏樹が、ベッドに座っている和樹を見上げる。 「そりゃ、言えたらそのほうがいいけど。今のところはね。」 「まあな。まだ学生なんだし、相手が女の子だったとしても、親にいちいち言わなかっただろうしな。」 「……女の子だったら、いちいちこっちからは言わないってだけだ。彼女いるのと聞かれたらいるって言うし、家に連れてきて紹介しろと言われればする。」  でも、涼矢だから。男だから。「友達」としてしか紹介できない。そして、「和樹に好影響な」「いいお友達」として認識されているから、気軽に会いにも行けるし、泊まることさえ許されている。これが「彼女」だったら、帰省のたびに即座に会いに行き、その家に何泊もするなんて恵が許すとは思えない。今の状況がベストだ。  だが、これからもそれがベストな状況であり続けるとも思っていない。  ふと押し黙る和樹に、宏樹が言う。 「俺は、おまえらのこと、傷つけてるか?」 「え?」 「今の話も。俺は、おまえたちのことを話すとき、それなりに言葉を選んで話してるつもりなんだ。でも、いつもズレてることしか言えない。ズレてたんだってのは、後から気付く。」 「……いや、傷ついてはない、けど。」 「ズレてはいるよな?」 「まあ、ちょっとね。でも、分かってるから。ヒロが心配して言ってくれてるのは。」 「それは甘えだよなあ、俺の側の。」 「ん?」 「おまえらは……カズも、涼矢も、それから、前に話した気になってる生徒にしても、きっと諦めてるんだよな、俺みたいな奴に理解されることを。悪気があるわけじゃないんだから仕方ないって諦めてる。でも、本当はそれ、俺のほう、理解できないほうの怠慢なんだ。」  和樹に言っているのか、自分の考えを整理しているのか。その両方かもしれない。宏樹はまた鼻の頭を掻き、さらに顎を撫でたり、腕組みをしたり、またその手を組み替えてみたりと落ち着かない。前の時には――涼矢のことが好きなんだと打ち明けた時には――逆にじっと固まっていたような記憶があるが。 「俺ね、大学で何人かに言ったよ。彼氏がいるって。」  宏樹の動きが止まる。 「大丈夫なのか?」 「うん。大丈夫そうな人にしか言ってないし。でさ、反応はいろいろだった。大学入ってから一番仲良くしてる奴は、同性とつきあうなんて考えたこともないってタイプで、びっくりはしてたけど、結構あっさりそうなんだーって感じで……あ、いや、そうでもないか。結構ズケズケ興味本位の質問されたりもしたけど、それが嫌じゃなかったんだ。それとは逆に、私分かってます、理解してますって子のほうがなんだか嫌で。」  琴音の何があんなにも気に障ったのだろう。和樹は海の部屋で三人で車座になって話していた時のことを思い出そうとする。 「俺は……自分がゲイだと思ったことなくて。だって、今でも女が好き……つまり、性的な対象っていうの? そういう意味では。」 「うん。」 「けど、涼矢とこうなって。じゃあバイなのか? っていうと、別に涼矢以外の男を見て同じような気持ちになることはない。バイの友達もいるんだけど、彼は本人の見た目も中性的で、男とも女とも言えないような雰囲気の人で、恋人も男だったり女だったりする。俺とはすごく違うタイプで、その人と同じカテゴリーにいるって言われても正直ピンとこない。ていうかさ、そういうカテゴリーって、意味あるのかな。そもそもそんなの、実はすげえあやふやなもんなんじゃないのかな。グラデーション的なもんでさ、こっちからこっちはゲイで、ここからはバイで、なんて分けられない気がするんだ。もっと言えば、自分が男か女かってのも、実はそんな簡単に定義できるもんじゃないのかもって。」  男とも女とも形容しがたい見た目と言動の宮脇は男も女も恋愛対象だ。見た目はマッチョだが、女性的なものを好むという若林は同性とつきあおうとしたことがある。その相手の香椎はかつて涼矢が好きだった人でもあり、女性を嫌っていた。それから宏樹も知っているアリスは異性装者だが、何人も子をもうけているぐらいなのだから恋愛対象は女性なんだろう。いや、バイという可能性もあるのか。  さっきの宏樹と同じく、宏樹に対してしゃべっているのか、話すことで考えを整理しているのか分からなくなったところで、更にもうひとつのひっかかりを感じた。

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