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第925話 二重奏 (11)
「なっ……なんだよ、挿れてあげる、って。ご褒美みたいに。」
「違った? ご褒美にはならない?」
「……。」
「嫌ならいいけど。」
「嫌じゃないけど、ちょっと驚いた。なに、俺のが恋しくなっちゃったわけ?」
和樹は自分のほうが照れくさくなり冗談めかした言い方になってしまうが、当の涼矢はただにこにことしているだけだ。
「準備、自分でしたんだ?」
「他に誰がいる。」
二人はもぞもぞとベッドに上がると服を脱いだ。和樹はさりげなく涼矢を横向きに横たわるよう促した。そのついでのように、涼矢の体を愛撫する。
「指で?」
そう言いながら和樹がそっと周りを見回すと、ローションもコンドームもすぐに見つかった。これ見よがしに枕元に並べてあったからだ。これだけ用意周到なら、体のほうの「準備」も万端に違いない。それでもいきなり襲いかかる気にはなれない。
「指しかないもんで。」
涼矢が言う。和樹とは違って、というニュアンスを含めているのが明白で、和樹は鼻白む。――最初にアナルプラグを送りつけてきたのは涼矢のくせに。……バイブは自分で買ったけど。
そして、最近の自慰ではそのバイブを使うことも多い。だから「今日のために」わざわざ準備したりはしなかった。今すぐにでも、ほんの少しの手間で涼矢のそれを受け入れられるだろう。こんな会話をするだけでも疼き出す後孔だが、どうやらそこを満足させるのは後回しらしい。それがご褒美になるのかよと言い返したくなってはみたものの、実際、それはご褒美だ。この数ヶ月、ずっとお預けをくらっていた好物だが、好物は後に残しておいたほうがじっくり味わえるかもしれない。
「一応、ほぐすよ。」
和樹はそう前置きをしてからローションを多めに使い、指にはコンドームをはめた。
「ん。」
涼矢の背後から、そっと指を這わせる。その瞬間、涼矢の体が緊張するのが伝わってきた。まだ恐怖心があるのか、それとも期待しているのか。
「でも、どうして? そんなに淋しかった?」
和樹は涼矢の緊張をほぐすために、優しく声をかけ、肩にキスをした。
「うん、そう。」
冗談のつもりで言った言葉を、涼矢が素直に肯定する。
「マジ?」
「割とマジ。」
「へえ。」
和樹は涼矢の顔を振り向かせ、その口にキスをする。
「……ひとつになりたいなって。」
熱っぽい目で、涼矢が言う。
「ひとつに。」
和樹は繰り返す。「ひとつになりたい」。分かるようでいて、つかみどころがない言葉に感じる。
「俺、和樹が好きだよ。」
今更のように涼矢が言う。それでも至近距離で言われる愛の言葉はちょっとした媚薬のようで、和樹の奥がまたぞろ疼く。
「俺も、おまえが好きだよ。」
涼矢もそうなればいいと思った通りに、和樹の声に反応するが如くに、涼矢の中がきゅっと締まる。
「……それをちゃんと、感じたくなった。」
「体で?」
「そう、ここで。」涼矢が和樹の手首をつかんだ。「大丈夫、もっと強くして。」
「やらしいなあ。」
「ん、やらしいこと、しよ。たくさん。」
涼矢はそう言うと煽るような笑顔を見せ、再び和樹に背を向けた。その背中は和樹にすべてを委ねると宣言するようだったけれど、決してライオンを前にして観念した草食動物じゃない。その逆だ。
さあ、俺の体を焚きつけてみろ。
俺を啼かせろ、満足させてみろ。
そう言われているようで、和樹は声を出さずに笑った。涼矢らしい。「挿れて」なんて殊勝なことを言い出したかと思っていたら、とんでもない。抱くにしろ抱かれるにしろ、主導権はいつも涼矢に握られている気がする。
和樹は涼矢の中を執拗に探る。馴らしておいたという言葉通り、久しぶりにしてはすんなりと入っていける。
「あ、んっ。」
そして、コリッとしたそこもすぐに見つけられた。涼矢の肌が粟立った。不快感からでないことは明らかだ。
「ここ、気持ちいい?」
「……うん。……う、ああっ。」
気持ちいいに決まってる。俺のほうが知ってる。ここをこんな風に押されると自然と腰が浮き、もっともっととせがみたくなる。体の奥が切なくて、焦れったくて、自分の指では得られない快感に、頭がおかしくなりそうになる。
涼矢がもぞもぞと動き出す。自分の手で前を触ろうとしていると分かると、和樹はその手を制止した。
「だーめ。」
「え……。」
振り向いた涼矢の目は、懇願するように潤んでいた。普段は見せないそんな表情を見れば、憐れに思うより加虐心が煽られる。
「せっかくだから、こっちだけでイケるようになろ?」
涼矢は一瞬ポカンとしてから、意味を悟ると瞬時に顔を赤くした。
「大丈夫、すげえ気持ちよくしてやるから。」
和樹のそんなセリフは、いつもは涼矢によって「すげえ気持ちよく」なっている、と暴露しているようなものだった。言った当人はそうと気付いていない様子だが、涼矢は嬉しさに身を震わせる。和樹はその震えを、すっかり敏感になった涼矢が和樹の愛撫やキスの刺激に悶えていると勘違いしていた。
――いや、勘違いでもないか。
涼矢は自分の体が次第にコントロールできなくなっているのを感じていた。
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