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第926話 二重奏 (12)

 端的に言えば、和樹は以前より「上手く」なったのだと思う。経験値の差を考えれば傲慢な言い方だが、その経験値の差のせいとも言えた。これまで和樹に抱かれる時と言えば、彼が女性を相手にしていた時の名残なのか必要以上に優しく扱われることが多く、それが少々物足りなく感じられたものだ。「後ろだけではイケない」理由もそこにあった。  今はそうじゃない。今こうして自分の中をかきまわしてくる和樹は、「俺にされて気持ちよかったこと」を再現しているのだ。そう思うだけで感度が高まる涼矢だった。  和樹は自分のいいなりになる涼矢のそこを指先で執拗に攻め、それと同時に耳朶やら肩やらを甘噛みするようにキスした。そのたびに涼矢の背中の筋肉が激しく反応し、喘ぎ声が漏れる。とは言え、自分が発する喘ぎのほうがもっと「はしたない」ことを知っている。涼矢をもっと喘がせたい。もっと啼かせて、狂わせてやりたい。 「ね、もういいよ……大丈夫だから。」  涼矢が和樹の腕を押さえつけた。 「だめだって、おとなしくしろ。」  和樹は涼矢のその手を払いのけた。  今となっては涼矢に挿入する側になるのは珍しいことではあるが、数えるほどしかないというわけでもない。ただ、いつもなら涼矢にそんな表情をされればそれだけで根負けしてしまうし、それ以前に自分が挿入したくて我慢できない。でも、今日は違う。涼矢のペニスに触れることも、触れさせることもないままイカせてやる。その目標を立てたら余裕が出来た。逆に余裕をなくしていく涼矢を見て、益々苛めたくなる。涼矢が自分に対して時にサディスティックになるのは、こんな気持ちになるせいか、と思う。 ――涼矢だって、俺がどんなに懇願してもやめてくれないことがある。ひどい時はわざと大股を開かせ、淫靡な言葉で羞恥心を煽ってくる。手足を拘束して動けないようにすることさえある。  和樹はふと思いついた。そして、即座に行動に移した。涼矢の性格からして、「あれ」は後生大事にどこかにしまってあるだろう。  涼矢の後孔から指を抜き、ベッドから降りた。向かう先は涼矢の勉強机だ。 「なあ、あれ、どこにある?」 「あれ?」 「ハチマキ。……いや、タスキか。応援団の。」 「……。」 「前ん時は、サブバッグから出してたと思うけど。」  かつてはこの部屋の片隅に高校で使っていたサブバックがあった。涼矢はその中からタスキを取り出していたはずだ。だが、今の視界の範囲に、そのバッグは見当たらない。 「そんなことだけ覚えてんのかよ。……そこの引き出し。左の袖机。」  和樹は引き出しを開ける。きれいに巻かれたタスキは確かにそこにあった。 「仕返しのつもりか?」  中途半端に放り出されたせいもあるかもしれない。涼矢は若干棘のある言い方をした。 「どっちかっつったら、恩返しだな。……ほら、手、後ろにして。」  それが本当なら、和樹は縛られて悦んでいたということに他ならない。たぶんそうだとは思っていた。拘束したり目隠ししたり、そういった行為を、案外と和樹は従順に受け入れ、そして、激しく反応した。ただそういう嗜好を頑なに否定してはいたけれど、いよいよ認める気になったのか。  そんなことを思いながら、涼矢は手を後ろに組んだ。和樹は手首を縛るが、ちょっと力を入れればほどけてしまいそうな緩さだ。でも、それで構わないのだろうと涼矢は思った。こんなものは記号に過ぎない。  結び終わると和樹が背後から肩を押してきて、涼矢は前のめりに倒れ込む。膝は立てているから、尻だけを高く掲げた四つん這いスタイルだ。後方の和樹から見えるその姿は、さぞかし惨めで、扇情的なことだろう。  当然、恥ずかしい。だが、それは今まで和樹に味わわせていた羞恥だ。恥ずかしさに震えながらペニスを硬くする和樹は、とてつもなく美しく、淫らだった。ぽっかりと開いたアナルがひくひくと蠢く様子が目に浮かぶ。  そう思った瞬間に、自分のそこに独特の感触が訪れた。 「あんっ。」  固く尖らせた舌先が入ってくる。固いと言っても勃起したペニスとは全然違うそれは、ペニスよりも柔軟に内側へと押し入ってくる。涼矢の脳裏にはアニメやら漫画やらに登場する、触手のような生物が思い浮かんだ。あれはきっとペニスを模したというより、異形の舌なんじゃないかなどと、およそ今考えてなくてもいいことを考える。  そうでもしなければ、イッてしまいそうだった。和樹が自分の尻の間に舌を這わせる、その事実だけでも興奮するというのに、ペチャペチャという湿った音がよりいやらしく迫ってくる。  涼矢は身をよじった。もっと快感を貪りたいのか、この辱めから逃げ出したいのか、自分でも分からない。ただ、じっとしていられなかった。けれど、思い通りには動けなかった。緩く縛られた手首。それは記号に過ぎず、ほんの少し力を入れれば容易に外せると知っていてなお、自由に動けない。いや、知っているからこそ動けない。この記号は和樹との「ルール」なのだ。ルールを破ったら、この甘いひとときは瞬時に終わる。 「かず、あっ、だめ、んんっ。」

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