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第927話 二重奏 (13)

「もう、いいかな。」  和樹が体勢を変える。涼矢からは見えないが気配で分かる。ガサゴソと何かし始めた。封を切る音もした。きっと指のコンドームを外し、新たにペニスに装着しているのだろう。間もなくして待ち望んでいたそれが入ってきた。 「う……。」  涼矢は枕に顔を押し付けた。 「ちゃんと息しろよ。」  和樹の声がする。そして更に体の奥を突いてくる。舌が抉ったところよりも先。指が探ったところよりも奥。自分ではたどりつけないところ。  奥深くまで侵入されたと思うと、両側から腰を抱きかかえられた。 「動くよ?」  さっきからずっと動いてるじゃないかと思うが、その意味はすぐに判明した。和樹の動きがさっきまでとは比べものにならないほど強く、速くなっていく。 「んんっ。」  枕越しの声は小さなうめき声程度にしか漏れていないはずだが、和樹の荒い息とローションの水音と相まって、部屋に淫猥に響く。和樹は時折スピードを変え、ゆっくり抜き差ししたり、浅いところをこすったりする。そうして、ある快感に慣れそうになると新たな快感を与えられ、休む暇がない。今はまた、リズミカルに奥を突かれている。 「あっ、あ、あっ。」  ベッドが軋むのと同じリズムで、声が出る。手が動かせない分、上半身ごとうねらせて、高まりすぎる快感を外に逃がしたくなる。 「気持ちい?」  背中に注がれる和樹の言葉。  ああ、そうだ。気持ちいい。声も体もコントロールできないほど気持ちいい。けれど、数秒後の自分がどうなってしまうのか分からないのは怖い。  口を開けば喘ぎ声しか出なくて、それならベッドをタップアウトしてギブアップを訴えようとしても手の自由は利かない。 「こわい。」  無意識にそんな言葉が口をついた。 「大丈夫、イッてみな?」  和樹の言葉は的外れに感じたが、言われて初めて自分のペニスが勃起していることに気が付いた。自分も和樹も触れることなくこんなに固くするのは初めてのことだ。 「やだ、かず、こわい、やだ……。」  こどもじみた単語を繰り返す。自然と涙が出た。 「怖くないよ。気持ちよくなって。俺ので、ちゃんとイケるとこ、見せて。」  いつの間にかタスキが外れていた。自由になった手は、ペニスではなく枕をつかんでいた。 ――和樹ので、ちゃんとイケるとこ。  涼矢は和樹のペニスに集中した。自分の内臓を押し上げるそれを全身で受け止める。肉壁をこすりあげてくるときの快感を、今度こそ逃がさずにすべて味わおうとする。 「ああっ、だめ、和樹の、イクッ……!」  涼矢は断末魔のように言い、果てた。その瞬間、涼矢にぎゅっと締め付けられて、和樹もまた射精した。  しばらく二人はそのままの姿勢でいた。涼矢の息が整うのを待ち、和樹は腰を引いてペニスを抜いた。それまで高く掲げられていた涼矢の尻がストンと平らになる。まっすぐにうつ伏せた全裸の涼矢の背面は、骨格の歪みも余計な脂肪もなく、手足は長く、滑らかな肌で、人体のお手本のようだと思う。    コンドームの処理を済ませた和樹は、その「お手本」に被いかぶさるようにぺたりと寄り添った。キスがしたくなって、涼矢の顔を振り向かせようとする。が、涼矢の顔はピクリとも動かない。 「だめ、ひでえ顔してる。」  うつむいたままそんなことを言い、頑なに顔を見せようとしない涼矢だ。――顔中がベタベタして気持ちが悪い。きっと涙だけじゃない、鼻水も涎も垂れ流していた。 「大丈夫だって。」和樹は無理矢理振り向かせて、キスを強行した。「最高に可愛い。」 「るせ。」  和樹は、また顔を背けようとする涼矢の上を転がるようにしてその隣に落ち着くと、涼矢の半身を起こし、向き合った。 「イクときの顔が見らんなかったのは残念だけど。」  和樹は涼矢の耳をつまみにして、顔を引き寄せ、再びキスをした。涼矢はもう嫌がらない。 「……次は、顔見ながらやるか?」  涼矢がニヤリと笑う。余裕を取り戻した表情の涼矢を見て、和樹は落胆と安堵を同時に感じる。 「それは次の次、かな。」 「……やっぱ挿れられるほうが好きなの?」 「え、うん。」  涼矢は笑う。 「随分あっさり認めるんだな。」 「でも、これはこれで気持ちいいよ。しっくり来るっていうか。本来の姿って気がして。」 「アナルセックスしてる以上、どっちがどっちでも本来ではないだろ。」  今度は和樹が笑った。 「けどさ、だったらなんで前立腺が気持ちよくなるようにできてんだよ。」 「……それは知らん。」 「本来とか、そんなの、どうでもいいよ。」 「和樹が言い出したんだろ。」 「本来の本来で言えば、好きだからすることだろ。好きだから、キスも、セックスもする。ちっとも間違ってない。」 「……そっか。」 「うん。」  二人は再び体勢を変え、天井を見上げるように並んで横たわった。どちらからともなく手を繋ぐ。 「好きだよ。」  和樹が言った。 「俺も、好きだよ。」涼矢は顔だけを和樹に向けた。「好きだから、する?」  和樹がククッと笑った。  その耳元に涼矢が囁く。「次は、和樹が可愛い顔見せて。」

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