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第928話 二重奏 (14)
涼矢から可愛いと言われることにも、涼矢に可愛いと言うことにも、もう慣れた。今までも女の子から「ヤダー、カワイイー」などと言われたことはあるが、その「カワイー」と、涼矢と交わす「可愛い」とでは意味が違う。
もっと正確な単語を使うなら「愛しい」だろう。口にするには少々大げさで野暮ったいその単語の代わりに、「可愛い」と言っている。おそらく涼矢も。
涼矢は今、和樹の上で腰を振っている。言われた通りに「可愛い顔」を見せてやれているかどうかは自分では分からない。ただ、少し苦しそうな表情で自分の中を貫いていく涼矢は、やはり愛しくてならない。
「涼、もっと。」
和樹はしがみつくようにして、涼矢を求めた。お互いもう限界が近いのは知っている。これ以上刺激が続いたらイッてしまう。まだイキたくない。終わらせたくない。それでも「もっと」とせがむのは、それだけ涼矢を求めてやまないことを、他でもない涼矢に知らせたいからだ。
今度こそ涼矢に「仕返し」として、傍らに放置されたままのタスキで縛られるかと思っていたが、そうはならなかった。涼矢は何の道具を使うでもなく、至って丁寧に、大事に和樹を抱いた。拍子抜けした気がしなくもないが、久しぶりのセックスなのだ、そうするのがセオリーだったかもしれない。そう言ったら涼矢は「アナルセックスをしている時点でセオリーも何もない」とでも言うのだろうか。
「和樹。」
自分の名を呼ぶ声も優しい。愛されてる。愛しいと思ってくれてる。疑う余地もない。涼矢の声も指先もペニスも、すべてが自分のためのものだと思う。
「もう無理。イキたい。イッていい?」
涼矢がハアハアと息を吐き、熱っぽい目ですがるように言う。――まだダメだと言ったら馬鹿正直に我慢するのだろう。もっとも、限界なのはこっちも同じだ。和樹は頷く。
涼矢の動きが激しくなり、かと思うとピタリと止まって、う、と短く呻く。その少し前に和樹のほうが果てていた。
「もうちょっとそのまま、いて。」ペニスを抜きかけていた涼矢に、和樹が言う。「気持ちいい。」
過去形ではない。自分の体の中に涼矢がいる。そう思うだけで気持ちいい。ひとつになりたい、と言った涼矢の気持ちが、よく分かる。
「もう一回ぐらい、このままできそう。」
涼矢が言う。確かにまだそこにある涼矢のペニスは、再び固くなり始めているようだ。
「いいけど。……ちょっとだけ待って。」
「疲れた?」
「平気。ただ、余韻を楽しんでる。」
「余裕あるな。」
「ねえよ。……あ、馬鹿、でかくすんな。」
「仕方ないだろ。ゴムだけ、取り替える。」
涼矢は結局ぬるりと抜いて、コンドームを付け替えた。
「生でいいよ。」
「だめ。」涼矢はコンドームをつけたついでのように、少しだけ自分でしごく。「ほら、すぐ埋めてやるから。」
埋める。確かに、そんな感じだ。この空洞は、涼矢は埋めてもらうためのもの、涼矢は俺の一部で、涼矢に埋めてもらって、初めて俺は俺になる。
「あ、うんっ。」
涼矢のペニスが入ってくる。隙間なく埋め尽くして、埋め尽くされて、ひとつになって、俺たちは完成する。
「涼矢、好き。」
譫言のように涼矢を呼んだ。――さっき涼矢に名を呼ばれたときのように、俺の気持ちが伝わるといい。愛しいよ、誰よりも。俺の声も指先もペニスもアヌスも、すべてがおまえのためのものだよ。
和樹はそのままウトウトした。目を覚ましたときには、窓の外が薄暗くなっていた。顔を横に向けると、涼矢と目が合った。
「今日、佐江子さんは?」
「目が覚めて、最初のセリフがそれ?」涼矢が苦笑する。返事は待たずに答えた。「遅いよ、いつも通り。」
和樹は適当に手を伸ばして、枕元に置いたはずのスマホを手探りで探した。やがて見つけたそれで、家からのメッセージが来てないかをチェックする。特に何もなさそうだ。
「泊まっていい?」
「もちろん。」
そのまま恵にメッセージを送る。一応昨日のうちに前振りはしておいたから、そう怒られることもないだろうとは思うが。
「高校のときは、しょっちゅう誰かが泊まりに来てて、俺も遊び回ってても何も言わなかったのに、今更うるさいんだよね、うちの親。」
言い訳をするのは恵よりも涼矢に対してだ。だが、言った矢先に前にもそんなことを言った気がする。
「毎日いるのと、たまの帰省とじゃ違うだろう。」
そして、涼矢の返事も似たようなものだったと思い出す。
――二十歳になっても、何も変わってないなあ、俺。
「あ、そうだ。」
「なに。」
「俺、二十歳。」
「うん、そうだな。誕プレのネクタイ、いつ買いに行く?」
「いや、それじゃなくて、酒。俺、おまえと最初に飲もうと思ってて、まだ飲んでないんだよ。」
「……酒、かあ。」
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