928 / 1020

第928話 二重奏 (14)

 涼矢から可愛いと言われることにも、涼矢に可愛いと言うことにも、もう慣れた。今までも女の子から「ヤダー、カワイイー」などと言われたことはあるが、その「カワイー」と、涼矢と交わす「可愛い」とでは意味が違う。  もっと正確な単語を使うなら「愛しい」だろう。口にするには少々大げさで野暮ったいその単語の代わりに、「可愛い」と言っている。おそらく涼矢も。  涼矢は今、和樹の上で腰を振っている。言われた通りに「可愛い顔」を見せてやれているかどうかは自分では分からない。ただ、少し苦しそうな表情で自分の中を貫いていく涼矢は、やはり愛しくてならない。 「涼、もっと。」  和樹はしがみつくようにして、涼矢を求めた。お互いもう限界が近いのは知っている。これ以上刺激が続いたらイッてしまう。まだイキたくない。終わらせたくない。それでも「もっと」とせがむのは、それだけ涼矢を求めてやまないことを、他でもない涼矢に知らせたいからだ。  今度こそ涼矢に「仕返し」として、傍らに放置されたままのタスキで縛られるかと思っていたが、そうはならなかった。涼矢は何の道具を使うでもなく、至って丁寧に、大事に和樹を抱いた。拍子抜けした気がしなくもないが、久しぶりのセックスなのだ、そうするのがセオリーだったかもしれない。そう言ったら涼矢は「アナルセックスをしている時点でセオリーも何もない」とでも言うのだろうか。 「和樹。」  自分の名を呼ぶ声も優しい。愛されてる。愛しいと思ってくれてる。疑う余地もない。涼矢の声も指先もペニスも、すべてが自分のためのものだと思う。 「もう無理。イキたい。イッていい?」  涼矢がハアハアと息を吐き、熱っぽい目ですがるように言う。――まだダメだと言ったら馬鹿正直に我慢するのだろう。もっとも、限界なのはこっちも同じだ。和樹は頷く。  涼矢の動きが激しくなり、かと思うとピタリと止まって、う、と短く呻く。その少し前に和樹のほうが果てていた。 「もうちょっとそのまま、いて。」ペニスを抜きかけていた涼矢に、和樹が言う。「気持ちいい。」  過去形ではない。自分の体の中に涼矢がいる。そう思うだけで気持ちいい。ひとつになりたい、と言った涼矢の気持ちが、よく分かる。 「もう一回ぐらい、このままできそう。」  涼矢が言う。確かにまだそこにある涼矢のペニスは、再び固くなり始めているようだ。 「いいけど。……ちょっとだけ待って。」 「疲れた?」 「平気。ただ、余韻を楽しんでる。」 「余裕あるな。」 「ねえよ。……あ、馬鹿、でかくすんな。」 「仕方ないだろ。ゴムだけ、取り替える。」  涼矢は結局ぬるりと抜いて、コンドームを付け替えた。 「生でいいよ。」 「だめ。」涼矢はコンドームをつけたついでのように、少しだけ自分でしごく。「ほら、すぐ埋めてやるから。」  埋める。確かに、そんな感じだ。この空洞は、涼矢は埋めてもらうためのもの、涼矢は俺の一部で、涼矢に埋めてもらって、初めて俺は俺になる。 「あ、うんっ。」  涼矢のペニスが入ってくる。隙間なく埋め尽くして、埋め尽くされて、ひとつになって、俺たちは完成する。 「涼矢、好き。」  譫言のように涼矢を呼んだ。――さっき涼矢に名を呼ばれたときのように、俺の気持ちが伝わるといい。愛しいよ、誰よりも。俺の声も指先もペニスもアヌスも、すべてがおまえのためのものだよ。  和樹はそのままウトウトした。目を覚ましたときには、窓の外が薄暗くなっていた。顔を横に向けると、涼矢と目が合った。 「今日、佐江子さんは?」 「目が覚めて、最初のセリフがそれ?」涼矢が苦笑する。返事は待たずに答えた。「遅いよ、いつも通り。」  和樹は適当に手を伸ばして、枕元に置いたはずのスマホを手探りで探した。やがて見つけたそれで、家からのメッセージが来てないかをチェックする。特に何もなさそうだ。 「泊まっていい?」 「もちろん。」  そのまま恵にメッセージを送る。一応昨日のうちに前振りはしておいたから、そう怒られることもないだろうとは思うが。 「高校のときは、しょっちゅう誰かが泊まりに来てて、俺も遊び回ってても何も言わなかったのに、今更うるさいんだよね、うちの親。」  言い訳をするのは恵よりも涼矢に対してだ。だが、言った矢先に前にもそんなことを言った気がする。 「毎日いるのと、たまの帰省とじゃ違うだろう。」  そして、涼矢の返事も似たようなものだったと思い出す。 ――二十歳になっても、何も変わってないなあ、俺。 「あ、そうだ。」 「なに。」 「俺、二十歳。」 「うん、そうだな。誕プレのネクタイ、いつ買いに行く?」 「いや、それじゃなくて、酒。俺、おまえと最初に飲もうと思ってて、まだ飲んでないんだよ。」 「……酒、かあ。」

ともだちにシェアしよう!