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第933話 カルテット (5)
――こうして二人で過ごす時間は、ひとつも疲れないのに。元カノの相手をしていた頃のほうがよほど疲れてた。おまえにとっての俺だって、おまえがかつて好きだった……香椎先輩や家庭教師とは違うはずだ。俺たちは好きだと言い合えるし、抱き合うことだってできるんだから。でも、どうしても、それ以上を望んでしまうんだ。勝手に夢見てしまうんだ。
――夢? 何を夢見る? おふくろに、親父に、涼矢とつきあってると言えることをか? それを受け入れてもらうことをか? 大学の友達でもバイト先の上司でも、自分は男とつきあってると、相手を選ばず言えることを?
ごめん、涼矢、と和樹は心の中で繰り返す。――おまえと出会えて、好きだと言い合えて、幸せなんだ。間違いなく、幸せだ。でも、いつも、ほんの少しだけ、苦しいんだ。
涼矢は食器洗い機に皿をセットする。
「そうだ、これ、ついに導入した。」
そんな涼矢の声に、和樹は我に返る。これ、が何を意味するのかはすぐに分かった。
「皿洗いマシンか。」
「そう。これで手も荒れない。」
「荒れてたっけ。」
「荒れてないけど。」涼矢は手の甲を見せびらかすようにしながら席に戻った。「肌は結構強いんだよね。」
「すべすべの割に。」
「プールの塩素で鍛えられたかな。」
「そんな馬鹿な。」和樹は笑いながら立ち上がり、椅子に座った涼矢の背後からハグをして、その涼矢に頬擦りをした。「どうだ。」
「パパのおひげ、痛ーい。」
「ハハッ。」
顔を見合わせ、キスをする。唇が離れた後もハグしたままの和樹に、涼矢が言う。
「酔ったの?」
「酔ってねえよ。」
「甘えてるけど?」
「酔っ払った時のおまえほどじゃない。」
「……そんな甘えてたっけ? ……甘えてたか。」
記憶を失ったわけではなかった。できることならそうなっていたかったけれど。和樹にしなだれかかり甘えた声でその名前を呼んだことも、キスをせがんだことも、覚えている。――少し離れたところから、明生が見ていたことも。
「酔うと甘えたくなるもんなのかな。」
背中に張り付いたまま、和樹が言った。
「うーん。感情を抑えられなくなるってことなんじゃない? 泣きたい気持ちを抑えてたんなら、泣くんだろうし。エミリみたいに。」
「じゃあ、あの時のおまえは、キスしたい気持ちを抑えてたのか。」
「今の和樹もじゃないの?」
和樹が上目遣いで涼矢を見つめ、二人は再びキスをする。
「今の俺は、キスどころじゃねえけどな。」
「同じく。……俺もやっぱ、酔ったのかな。」
涼矢は和樹の手を握り、立ち上がった。正面から向き合い、互いの背と腰に手を回し、きつく抱き締めあう。
「別に、酒のせいにしなくたっていいんじゃないの。」
と和樹が言えば、
「確かに。」
と涼矢も応じた。
涼矢の手が和樹の服の下に入り込んでくる。乳首にまで至ると、和樹の体がピクリと反応した。
「おまえの部屋、行く?」
既に発情した顔をして、和樹が言う。もっとも自分だって同じ顔をしているんだろう、と涼矢は思う。
「無理、持たない。」
「え、ちょっ……。」
「テーブル、手、ついて。」
単語で指示を出しながら、涼矢は強引に和樹に背を向けさせた。和樹は流されるがままに、さっきまでハンバーグの皿があったテーブルに手をつき、前屈みになる。それと同時に涼矢の手がズボンにかけられる。和樹が借りたスウェットのウエスト部はゴムと紐の併用タイプだが、紐で縛ってはいなかったので、膝近くまで難なく引きずり下ろされた。
「酒入ってると勃ちが悪くなるんだっけ。」
そんなことも言いつつ、涼矢は自分のズボンも少し下げる。が、ペニスを露出できる最低限だけだ。
「あー、でも、平気そう。」
自分で言って自分でクスクスと笑い出す涼矢に、和樹は呆れながらも期待してしまう。
「和樹、それ取って。調味料のとこの。」
食事の時に出した卓上用の調味料入れには、塩やペッパーミルと共に、オイルの瓶が並んでいた。
「違う、その隣の。」
和樹が最初に触れた瓶は目的のものとは違ったらしい。その隣の瓶を取り、涼矢に渡す。
「さっきの使ったら大変だよ。唐辛子入りだから。」涼矢は笑いながら、「唐辛子の入っていないほうの」オリーブオイルを手に取ると、和樹の後孔に塗りつける。「ここにそんなの使ったら、大惨事。」
「馬鹿、笑わすな。」
「集中して、こっちに。すぐ挿れたい。」
おまえが変なこと言い出すからだろう、と言い返すより先に、涼矢のペニスが押し当てられる。言われなくても、すぐに意識はそこに持って行かれる。
「大丈夫?」
口ではねぎらう素振りを見せる涼矢だが、早くも先端を挿入している。
「マジですぐだな。」
「抑えらんない。酔ってるから。」
「酒のせいにすんなって……あ、ちょ、早っ。」
更に奥深いところに入ってくる。
「痛くない?」
「……くない。だいじょぶ。」
「動いていい?」
「ここまでやっといて、いちいち聞くな。」
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