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第938話 カルテット (10)

「そうしてると兄弟みたいね。」  佐江子が二人を見比べながら言う。涼矢は佐江子の隣に、和樹は佐江子の対面に座っている。普段は和樹がいる席を涼矢が使っているが、和樹はそれを知る由もない。あとから食卓についた涼矢には和樹の隣に座る選択肢もあった。しかし佐江子の目の前に二人が雁首揃えて座る図を想像して回避したのだった。それもこうして「面白半分に見比べられること」を敬遠した末のことなのに、と涼矢は苦々しく思う。 「え、全然似てないですよね。」  きょとんとした顔で和樹は言う。 「同じ服を着てるせいかな。ピアスもだし。……兄弟でお揃いのピアスはしないか。」  佐江子の口調は事実を述べているだけで冷やかしの含みはなかった。が、涼矢は以前恵にも同様に「兄弟みたい」と言われ、お揃いのピアスに気付かれたことを思い出していた。あの時は和樹が「一組のピアスを割り勘で買ってひとつずつ使っているのだ」と訳の分からない理由を主張して切り抜けたけれど。それに高校の同級生たちと遊びに行ったPランドでも、二人の恋愛関係が取り沙汰されたきっかけは、やはりこのピアスだった。 「そうですね。うちは服も共用はできないです。兄貴とは体格違うから。」  和樹は気にならないのか、平然とそんなことを答えている。 「宏樹くん、いい体格してるものね。」 「最近太ったらしいです。ダイエットしてて、そうそう、酒もやめてるって。」 「そうなの? ああ、だから最近アリスの店でも焼き鳥屋さんでも会わないのね。」 「そんなにしょっちゅう会ってたんですか?」 「多い時期は週に一度は顔を合わせてたかな。約束してたわけじゃないけど、タイミングが似てたのよ、きっと。残業して、一杯引っかけて帰ろうかなって時間帯がね。ま、飲むのがメインなのは私で、彼はお酒より食べるのが目的だったみたいだし、ダイエット中なら、そりゃますます足が遠のくよね。」  和樹の中の宏樹には、そんな風にしょっちゅう仕事帰りに飲みに行くイメージはなく、少々驚いた。 「一緒に話すことも?」 「混んでて、カウンターしか空いてないようなときは。」佐江子はそう言うとクスッと笑った。「あなたたちが心配するような内容の話はしてないよ。」 「じゃあ、どんな。」  涼矢が口を開いた。その答えが聞きたいと言うよりは、和樹をきちんと安心させてやってほしいと思ってのことだ。 「うーん、そうね、今、教育現場で起きていることとか。昔は問題行動があっても学校の中で対応していたことを、今はすぐに警察に通報したりするでしょ。でも、昔のやり方がいいとも限らないじゃない? そんな話をね。」 「酒飲む席でそれって、楽しい?」 「楽しいよ? お互い違う立場ではあるけど、そういう現場にいるからね、興味あるし、学ぶことも多い。」 「議論になりそう。」 「それがそうでもない。私はつい理屈っぽくしちゃうけど、宏樹くんは結構情緒的で、詩人みたいなところがあるから。ね?」  最後の、ね、のところで佐江子は和樹に確認するように小首をかしげた。 「ああ、うん、そうですね。そういうところある。ロマンチストっていうか。あんな見た目だから意外でしょうけど。」 「アリス見慣れてるから、全然意外じゃない。」  佐江子の言葉には涼矢もつい笑ってしまう。  オーブンがチンと音を鳴らす。派手な電子音ではなく、素っ気ないほどの音だ。涼矢が立ち上がり、そこから取り出したのは丸のまま焼き上げた玉ねぎだ。それに何か手を加えるのだろうと思いながら見ている和樹の目の前に鍋敷きが敷かれ、ごろりとした玉ねぎが鎮座する耐熱皿が置かれる。 「これ、このまま食うの?」 「塩こしょうと、お好みで、そのオリーブオイルを……。」  涼矢の視線の先にあるのは、さっき和樹に使ったオイルの瓶だ。 「もうちょっとしかないよ。」  その瓶を持ち上げ、照明に透かして残量を確かめる佐江子。それを見て冷や汗が出る心地になっているのは和樹も涼矢も同じだ。 「……足してくる。」  それは卓上用に移し替えて使う小瓶で、元はその何倍も大きい瓶に入っている。 「あのオリーブオイルね、すごく美味しいの。ただバケットに付けるだけでも行けちゃう。香りが若草みたいでね。」 「そうなんですか。オリーブオイルにそんなに違いがあるって知らなかった。」 「なんでも、そのオリーブ畑はね、こういう丘の斜面にあって、オリーブの木の周りは芝生みたいに特定の草だけが生えるように手入れしてるんだって。だからその草の香りが……。」  オイルの説明は半分も頭に入らなかった。その高級そうな、青々とした若草の香りのするオリーブオイルが突然減った理由を知ったら、彼女はどう思うのだろう。そればかりが気になった。 「こっちも、同じオイルですか。」  和樹はなんとなく気まずくて、もうひとつの「唐辛子入り」の瓶を指差した。 「違うよ。」  答えたのは涼矢だ。移し替えが済んだ瓶をテーブルの真ん中に置いた。

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