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第162話 ただいま。(2)

「つか、おまえも食えよ。こういう時、なかなかすぐに食べ始めないよね。」 「ああ……。」涼矢は軽く手を合わせて、口の中で小声でいただきますと唱えてから、ようやく食べ始めた。「和樹の反応が心配で、まずはそれが気になるし。美味いって言いながら食ってくれると、それ見てるほうが、自分が食うより楽しくなっちゃうんだよな。」 「それ、嫁を通り越してお母さん目線っぽい。」 「そう?」 「またはおばあちゃんだ。田舎の年寄りは、すぐものを食べさせたがる。」 「ああ、それは分かる。」涼矢は自分の作ったオムライスを口に運ぶ。いつも通りの味だ。「和樹も作ったんだよね、オムライス?」和樹の家の食事に招かれた時、和樹の母の恵が言っていた。 「おまえが簡単そうに作ってたから作ってみたんだよ。独り暮らしするんだし、何か作れるようになっとかなきゃって思ってたしさ。俺が料理作って食わせたことなんかないから、おふくろは喜んでたけど、全然、こんな風にはできなかった。玉子もボソボソで。」 「慣れだよ。和樹、意外と器用だから、やればすぐできるようになる。」 「意外とって何だよ。」 「もっと大雑把に作ると思ってたから。でも、カレーの野菜は細かく切るし、餃子の皮のヒダとかきれいに作るし。」 「そう、俺、器用なの。俺が本気出せばすぐ一流シェフになれる。でも、そうすると、おまえの出る幕なくなってかわいそうだから遠慮してんの。」 「遠慮しなくて結構だよ。俺にも食わせてよ。カレー以外も。」 「おまえが帰ったら本気出す。」 「なんでだよ。明日、本気出せよ。そして食わせろ。」 「頼み方が雑。」 「丁寧に頼めば作ってくれるの?」 「うん。あ、でも可愛らしくね。メイドのように、ご主人様ぁってハートを撒き散らす感じで。」 「俺に言ってんの?」 「ほかに誰が?」 「じゃ、いいや、作ってくれなくても。」 「やれよ。」 「やだよ。そんなのできないし、やっても気持ち悪いだけだろ。」 「気持ち悪いの得意じゃないかよ。」 「方向性が違う。」 「気持ち悪さに方向性なんかあるか。」 「あるよ、同じホラーでもスプラッタの怖さと精神的にじわじわ来る系の怖さは違うだろ。」 「なるほど。……って納得しそうになったけど、やりたくないだけだよな。そだ、今日、ケチャップのラブ注入してもらってないな?」前に涼矢がオムライスを作った時には、仕上げにラブ注入と言いながらケチャップをかけてくれた。 「今日はふわとろ系にしたからね、ソースもドミグラスソースでケチャップじゃないからね。やる必要ないよね。前回だって別に可愛らしくやってないよね。」涼矢の言う通り、前回は和樹も「体育会系のメイド」と笑ったぐらい、雄々しい「ラブ注入」コールだった。 「前回だって可愛かったよ。」和樹は涼矢の頬に触れる。「あれと同じでいいから、やってよ。」 「えー……。」涼矢は露骨に嫌な顔をする。 「その顔でいいから。不機嫌なメイドさんで。」 「とにかく、ケチャップかけないやつだから、できない。」 「じゃあ、あーんで食べさせて。」 「はい?」  和樹は大きく口を開けて涼矢のほうを向いた。涼矢は何かブツブツ呟きながら、スプーンを手にして、オムライスを一口分載せると、和樹の口元に持っていく。「ふわとろ系」と涼矢が言ったように、玉子はレアに近い半熟でトロリとしており、スプーンの上でふるふると震えた。 「ん。」と口の中にスプーンを突っ込もうとする涼矢の手を、和樹が止めた。 「違うだろ、はい、あーん、だろ。」 「だって、もうでっかい口開けてるから、あーん必要ないだろ。」 「あそっか。」和樹は口を閉じる。 「どうしてもやりたいわけね。……はい、あーん。」  和樹は口を開けて、涼矢からのオムライスを迎えた。満足そうに笑う。 「楽しいか、これ?」 「超楽しい。」 「俺も大概気持ち悪い自覚はあるけど、おまえの趣味も偏ってる気がするぞ。メガネとか、こんなんとか。」 「そう?」和樹はニコニコしながら、スプーンにオムライスを載せる。「はい、あーん。」  一瞬たじろいだ後に、涼矢はそれを口に入れた。 「楽しいよね?」和樹は空になったスプーンをひらひらと振る。 「……楽しいけど。」 「楽しそうにしろよ。」 「恥ずかしくないわけ、こういうの。」 「もっと恥ずかしいところ、見られてますからねえ。」 「やらし。」 「おまえがやらせてんだよ。」 「……食事に集中しろ。」 「何、思い出したら勃っちゃった?」 「いいから食え。」 「おまえこそ。」和樹はもう一度スプーンにオムライスを載せた。「はい、エロ顔で食べてみな。あーん。」  涼矢は舌を出して舐るようにしながらそれを口にした。半熟の玉子が入りきらずに口の端を伝ってトロリと零れ落ちた。 「マジでエロいし。」和樹は笑う。「ゴム、買ってきておいて正解だな?」 「今はとりあえず、ちゃんと食え。」小声で涼矢が言った。

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