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第942話 半宵 (2)
「言っても聞かないくせに。」
「そうかな? いつも和樹のおねだりは聞いてあげてると思うけど。」
「おねだり? 命令されたいんじゃなかった?」
「同じだよ、俺にとっては。」
涼矢は徐々に体を低くしていく。もう少しで鼻の頭が触れあうほど近くなると和樹は当たり前のように目を閉じた。その唇に、涼矢は上からキスをする。
――これだって、おねだりだし、命令だ。目を閉じるだけで、指先ひとつで、俺は和樹の言いなりになる。和樹が俺を欲しいと思ってくれるならすべてあげる。
「……さすがにもう、この続きは無理だぞ?」
和樹は下から手を伸ばして涼矢を抱き寄せ、耳元に囁いた。
「和樹の体力なら、まだ行けるだろ?」
「一日になんべんシャワー使わせる気だよ。」
「中には出さない。」
「やだって。」
和樹はそう言うと涼矢の背中に回した腕を外し、振り払うようにして涼矢に背を向ける。完全拒否の姿勢だ。
「くっつくのはOK?」
和樹の背に涼矢がぴたりと張り付いた。
「それぐらいは、まあ、いい。……けど。」
「けど、何?」
「……勃てんなよ?」
「それは分かんないな。」
「寝られないだろうが。」
「寝なくていいだろ、明日も休みだし。」
「疲れてんだよ、おまえが無茶するから。」
「無茶って? ああ、さっきの立ちバック?」
その体位が一番好きだと、かつての級友の前で涼矢が暴露したこともあった。それ以来和樹は、その体勢でのセックスとなると彼らの目の前でしているような、妙な気分になる。
「和樹は騎乗位が好きなんだっけ?」
同じタイミングで同じことを連想していたらしい涼矢のセリフに、和樹はビクリと体を震わせた。
「あれ、は……冗談で言っただけだろ。」
「でも立ちバックも騎乗位もやめとこうな。和樹が余計疲れちゃうし。」
「だから、今日はもうしねえって。」
「いいよ、和樹は何もしないで。」
「は?」
和樹は何を言ってるのかととっさに涼矢のほうに顔を向けようとして、そのまま涼矢に体を仰向けにひっくり返された。
「な、何?」
「こっちだけ、貸して。」
涼矢の頭部が見る見る遠ざかっていったかと思えば和樹の股間で停止する。和樹によける隙を与えずに、涼矢は和樹のスウェットを引きずり下ろした。
「なに?」
和樹は同じ言葉を繰り返しながら、慌ててウェスト部を引っ張り上げようとするが、涼矢に制止された。
「和樹は寝てればいいから。気にすんな。」
「気になるに決まってんだろ、馬鹿。」
「うるさいな、いいから寝ろよ。声出すならもっと色っぽい声で頼む。」
「ば、馬鹿かっ。」
和樹が詰 ったときには、既に涼矢はそのペニスを咥えていた。
「んっ。」
反射的に自分の口に手の甲を当て、声を漏らすまいとした。だが、まだそれは、悦びに浸る声ではない。予想外の展開に驚いただけに過ぎない。涼矢の口の中にあるものは、まだ柔らかい。萎えていると言ってもいい。それでも涼矢はそれを口に含み、舌の先や唇で丁寧に刺激する。
「もう、しないっ……てば。」
和樹は弱々しくそう言い、涼矢の頭を我が身から引き離そうとした。声と同じで、その力も弱々しい。
「しないよ。」涼矢は口を外し、手で唾液を塗り広げながら扱き始めた。「俺が咥えたいだけ。」
「何言って……。」言いかけて、思い出す。「おまえほんとに、フェラ好きなんだな?」
「そう言ってるだろ、前から。」涼矢は和樹を見上げて挑発的に笑い、根元から亀頭までを舌先で舐め上げてみせた。
「その体勢、きつくない?」
もう抵抗する気は失せたらしい和樹が、今度は涼矢を気遣う。――涼矢は土下座でもするようにして、仰向けに寝ている和樹の股間に顔を埋めている。
「いい。ちょっときついぐらいのが。」
「……変態。」和樹は笑って、つま先で涼矢の脇腹を軽く蹴った。
「なんとでも言え。」
そう言うや、涼矢は再び和樹のペニスを頬張り、さっきまでの遠慮がちなやり方ではなく、顔ごと激しく前後させるような口淫を始めた。
「うあ、ちょっ……!」
涼矢の口の中を何度も行き来していくうちに、ペニスの先が届く一番奥は、もう口ではなく咽喉 の領域になっていた。そんなことをしていて、涼矢が苦しくないはずがない。そうと分かっていながら、和樹はその快感に身を委ねてしまう。喉奥の粘膜を感じたのが何度目のときのことだったろう、和樹はふいにその刺激をもっと欲しくなり、涼矢の後頭部を更に自分のそこに強引に押しつけてしまった。しかし、その途端、涼矢がウグ、と聞き慣れない呻き声を上げたことに驚き、慌ててその手を離した。
「ごめっ。」
「へ、へいぎ。」
平気、と言ったのだろうと推測はつくが、あまり平気でもなさそうだった。なんとかこらえていた咳が一気に出る。
「鼻が痛え。」ようやく呼吸が整ったところで涼矢はティッシュで鼻をかみ、半笑いで言った。
「悪い。」
「イラマも嫌いじゃないんだけど、今のはちょっと不意打ち過ぎた。」
「ごめん、マジで。」
「危うく噛んじゃうところだったよ?」
涼矢は横目で和樹を見て、ニヤリとした。
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