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第944話 半宵 (4)
涼矢はそう言い捨てると、中に挿れた指はそのままに再び和樹の股間に沈んだ。
「だめっ、りょうほう、むり。」
和樹は足を閉じて、涼矢を締め出そうとするが、もちろん、あっけなく涼矢に押し戻された。むしろ、さっきよりも大きく広げられたのは、二度までも涼矢の邪魔をしたお仕置きといったところか。
「だめだって、も、すぐ、出る、から、馬鹿、離せっ。」
和樹は涼矢の肩をグイッと押す。どうせまた抵抗されるのだろうという思いから、少し強めに押したかもしれないが、それにしても意外なほどあっさりと涼矢が口からペニスを抜いた。だが、後孔の指は相変わらずだ。
「気持ちいい?」
涼矢は上目遣いで和樹を見る。その表情は薄ら笑っているようにも見える。
「……いいよ、いいからっ。」
「だよね。こんなんだもん。」
涼矢は硬くそそり立ったままの和樹のペニスのカリの辺りを、和樹に見せつけるように舌先で舐めた。
「ん、あっ、やめっ……。」
「どこに出したい? 口ん中? このまま顔にぶっかける? それともこっち使う?」
こっちと言いながら涼矢は顎をクイッとわずかに動かす。それだけだったが、それが涼矢の後孔を指しているのはすぐに理解できた。
「……くち。」
「了解。ここもいじりながら?」
コクリと頷く和樹に、何故か涼矢は指の動きを止めた。
「どこをどうしてほしいか、ちゃんと言ってくれないと。」
「……だから、そういう……。」和樹は今にも泣き出しそうな顔で言う。「……意地悪すんの、やめて……。」
それをこんな風に弱々しく懇願したって、どうせ涼矢は勝ち誇ったように言うのだろう。「意地悪? どこが? 和樹の言うとおりにしてあげてるだろ?」と。それで結局、淫らなおねだりをさせられて、挙げ句にいやらしいのは和樹のほうだと認めさせるのだろう。そう思うと情けないし悔しいのだけれど、事実、それを強いられることには甘美な悦びが伴うのだ。
「ごめんね。やりすぎた。」
ところが涼矢が言ったのはそんなセリフだった。拍子抜けする暇もなく、体の奥の涼矢の指が動き出す。
「んんっ。」
一瞬の油断のうちに前立腺をノックされて、更にはまた涼矢の熱い口に包まれ、舌でねっとりと舐 られる。和樹にはもう、それらの刺激に抗う術も、喘ぎを抑える理性もなかった。
「や、あっ、りょう、いくっ。」
つま先までピンと伸ばし、痙攣するように体を震わせ、和樹は涼矢の口の中で絶頂を迎えた。まだ呼吸も整う前に、涼矢を見下ろす。涼矢の肩から背中のラインも激しく上下していた。それが少し治まると、まずは目だけで和樹を見上げた。目と目が合ったところで、ペニスから口を離す。口の端から精液が垂れている。和樹の視線がその口元にピントが合った瞬間に、涼矢は口を開いてみせた。舌にはまだ白濁液が溜まっている。吐き出したいのかと思った和樹は、しかし涼矢から視線を外すことは出来ず、手探りでティッシュの箱を探した。
その目の前で涼矢は口を閉じ、ゴクリと咽喉を鳴らした。
「飲んだ……の?」
「うん。」
「エッロ。AVでしか見たことねえわ、そんなん。」
女優の膣内に射精したのでは絵面として面白みがないからだろう、AVでは顔や胸にかけたり、こんな風に舌に溜めたりする演出を何回か見た。いずれにせよフェイクの映像が大半なのだろうけれど、元カノにはさすがにそういった行為を強いたことはない。いや、胸にかけたことぐらいはあっただろうか。
「AVで見たことはあるんだ?」
「……おまえもあるだろ、そのぐらいは。」
「ゲイビじゃあまり見たことないね。」
涼矢は飄々とそう言い、ベッドから降りた。
「え、どこ行くの。」
「トイレ。そこの。」涼矢の家には、二階にもトイレがある。「抜いてくる。俺はイッてないんで。」
「だったら、俺が。」
「いいよ、お疲れでしょ?」
口調の嫌みったらしさに、さすがの和樹も涼矢の悪意を感じる。
「抜いてやるってば。フェラでも手でも。」
「俺とヤッてるときに女の裸を思い出す奴にやらせらんねえよ。」
「何それ。今のAVの話? そんなん別に、そういう意味じゃ。」
「ホントにいいんだって。」涼矢は和樹の近くに戻ってきて、額に軽くキスをする。「戻ったらちゃんと寝るから、ベッドきれいにしておいて。」
よろしく頼むとばかり肩をポンポンと叩き、涼矢は部屋を出て行った。和樹は茫然とそれを見送るが、やがて下着とスウェットのパンツを穿き、指示通りにベッドを直した。シーツは乱れていたが、交換が必要なほどには汚れていなさそうだ。積み重なった掛け布団もきれいに戻す。
それからゴロリと横たわり、さっきのやりとりを思い返した。
涼矢は怒っていたのだろうか。気分を害したのは確かだろう。理由も把握している。涼矢の行為をAVと――当然男女間の性行為を映したものと――同じだと言ったせいだ。しかし、今更自分がAVを連想したからと言って、涼矢をそこまで傷つけるものなのだろうか。わざわざ「ゲイビ」を比較に持ち出してきたことからしても、多分そうなのだろうけれど、なんだか納得できない。
間もなくして涼矢は戻ってきて、なにごともなかったように和樹の隣に潜り込んだ。
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