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第945話 半宵 (5)
「ごめんな、なんか。」
納得できないながらも、和樹は謝る。こういうときは大抵、自分が思っている以上に自分が悪いのだ。
「何が。」
「AVの話なんかして。」
「いや、別に。」
「俺だけイったし。」
「俺がつきあわせたんだから。」
「あのさ、今は見てないよ、AVとか、そういう、エロ動画的なやつ。」
「……別に、見たきゃ見ればいいし。」
「涼矢は見てる? その……ゲイビ、とか。」
「見ないよ。……今は。」
「あー。」
「今度はなんだよ。」
「ちょっと分かったわ、今。」
「だから、何が。」
「見てるって言われたらやだなって思った。やだけど仕方ないよな、とも思うけど、それ見て俺と比べられるのは、結構嫌かも。」
「比べたことはねえよ。」
涼矢はそう答えたが、それは少しだけ嘘だった。付き合い出す前なら、比べていた。積極的に和樹に似た体格の、似た髪型の男優がいないかと探しもした。少しでも似ている男を見つけたら、和樹の面差しを重ねて、想像した。
「悪かった。」
「うん。でも、別に、そこまで気にしたわけじゃないんだよ、ほんとに。ちょっと拗ねただけ。」
「拗ねたって可愛くねえぞ。」和樹はごく軽く額を指で弾く、いわゆる「デコピン」をした。
「可愛くないっつうか、態度悪かったよな。俺が無理強いしたくせに。」
「最後は無理強いでもなかったけど。」
「……ついに自白?」
涼矢は笑う。
「うん。」すっかり開き直ったのか、和樹は涼矢にしがみつくようにハグをして言った。「だって、気持ちよかったもん。」
「和樹さんは気持ちいいことに弱いから心配。」
冗談めかした口調で言ってはいても、半ば本心だった。
だからちょっとしたことに不安になってしまうのだ。絶対的に気持ちよくしてやらなければ、女とするよりもいいと思ってもらわなければ、すぐにでも和樹は「元の世界」に戻ってしまう気がする。そう伝えたら和樹はまだそんなことを言っているのか、俺が信じられないのかと激怒するだろう。――信じている。激怒するほどに自分を愛してくれているものと信じている。でも、カルト教団の教祖を崇拝するように盲信してるわけじゃない。絶えず和樹を好きでいるのは正しいことなのか、二人の未来を信じていいのかと疑って疑って、やっぱり和樹しかいない、和樹じゃなきゃだめなのだという結論に至る、その繰り返しで守っている信仰だ。
「大丈夫だって。」和樹は涼矢にキスをする。「おまえだから気持ちいい。キスすんのも、何すんのも。」
「俺じゃなきゃ、だめ?」
「うん。」
「言って。」
「涼矢じゃなきゃだめ。涼矢じゃないと気持ちよくないし、イケない。」
和樹がペロリと涼矢の鼻先を舐める。
「……も、勘弁。」涼矢は苦笑いをして、背を向けた。「また勃っちゃうから。」
「はは、切りねえな。」
「ん。」
背を向けたまま、涼矢が手を出してきた。和樹はその手を握る。
「おやすみ。」
涼矢が言った。枕元にあるスイッチで部屋の明かりを消したのは和樹だ。
「おやすみ。」
暗闇の中で握る手の温もりに、涼矢は泣きそうになる。
――和樹じゃなきゃだめだ。
何度唱えたか分からない、それが自分の祈りの言葉だと、涼矢は思う。
翌朝、涼矢が目を覚ますと、和樹は既に起きていた。起きてはいたが依然として布団の中にはいて、うつ伏せでスマホを眺めている。周囲が静かだからイヤホンからかすかに音が漏れているのが聞こえたが、音楽なのか会話なのかも分からない程度だ。そんなかすかな音にも関わらず、やけに頭に響く。
「何見てんの。」答えを待たずに、涼矢は画面を覗き見る。「わ。」
「ゲイビ。つか、動画。」
「なんつうもの見てんの、朝っぱらから。」
「昨日おまえが言ってたから。ゲイビだとああいうのやんないって。」
「それを検証してんの?」
「うん。」和樹はそこでやっと、それまで画面に釘付けだった顔を涼矢に向けた。「あ、別におまえと比べたりしてねえから。」
「俺よりかっこいい奴、いなかった?」
「いないに決まってるでしょうが。」
「はは。」
「こうやって見ると、結構エグいね。」
「挿れるとこじゃないしな。」
「でも、気持ちよさそ。」
「どっちが?」
「この人。」
和樹が指差す相手は、騎乗位で腰を振っている男だった。細くて小柄な、和樹にも涼矢にも似ている部分はない若い男だ。
「結構喘ぎ声すげえけど、聞く?」
和樹はイヤホンの片方を差し出した。
「いや、いいよ。和樹の声が最高なの知ってるから。」
「またそういうこと言う。」
その理由も嘘ではないが、それ以上に、音を聞くと頭が痛むのだ。正直、和樹とのこの会話ですら、ぐわんぐわんと響いて辛い。
和樹は動画を止め、イヤホンを外した。それとスマホをヘッドボードに置くと、仰向けに姿勢を直した。
「いくつか見たけど、マジでなかった。フェラした後、口の中に精液溜めてべろーって見せるやつ。」
「本当にそれチェックしてたの?」
「そうだよ。」
「アホか。」
和樹は再びくるんと体を回転させ、半身を涼矢に乗せた。その振動と重みでまた頭が痛むが、和樹には言えなかった。
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