「コンビニ、この近くにないよ。」 「自転車(チャリ)だから平気。」 「じゃあ、アイス。アイスなら食える気がする。」 「……やっすいやつな？」 「あんまり濃いの無理っぽいから、ちょうどいい。でもシャーベット系はやだ。安いバニラがいい。」 「安いバニラ、とな。」 　和樹は笑いを押し殺しながら繰り返した。 「そう、貧民が食うラクトアイスで。」 「ほんっとに失礼だな。」それでも和樹は笑って受け流す。「ああ、そうだ。胃薬はないの？　飲んでおいたほうがよくない？」 「ある……と思う。けど、もういい、ピーク過ぎた。」 「そっか。頭痛いだけ？　吐き気は全然なし？」 「うん。明け方に一度吐いたら楽になった。」 「吐いたの？」 「うん。」 「全然気付かなかった。」 「和樹は爆睡してたよ。」 「悪い。」 「や、それは全然。自業自得だし。」 「今は少しはマシになった？」 「じっとしてる分には。動くと頭がガンガンする。」 「そっか。……じゃあ、ちょっと行ってくる。」 「すみませんねえ、ご面倒かけて。」 　布団の中からひらひらと手を振る涼矢に呆れながら、和樹はコンビニに向かった。 　あれだけ注意したのに二日酔いという醜態を晒す涼矢に対しては心底呆れているし、そのくせアイスを買ってこいとは何様だとも思っているが、同時に、滅多に見られない涼矢の情けない姿に和樹は心が浮き立ってしまう。 　涼矢は弱みを見せない。案外とよく泣くし、淋しがる姿を隠そうともしないけれど、それでもやはり何かというと涼矢のほうが出来がいいと思い知らされる場面は多くて、だから今日の涼矢を見ているとホッとしてしまうのだ。 　和樹は涼矢のためのインスタントのしじみの味噌汁とアイスをカゴに入れる。それから自分用には何を買おうかとしばし悩んだ。ボリュームのある弁当を涼矢の前でバクバクと食べる気にはなれず、結局は鮭とおかか、それに昆布といった素朴な具のおにぎりに決めた。梅干しはあまり好きではないから避ける。――そう言えば涼矢は「ストーカーまがい」だった高校時代に、既に俺が梅干し嫌いだって把握していたな。 　そんなことを考えながら、しかし、二日酔いの涼矢にはさっぱりした梅干しもいいのではないかと思い、梅干しの入ったレトルトのおかゆもカゴに放り込んだ。放り込んですぐ、和樹は既視感を覚えた。――前にもこういうこと、あったか？　涼矢に、レトルトのおかゆ買ったり。 　しかし、具体的な記憶は思い出せなかった。――他の誰かとごっちゃになってるんだろうか？　でも、涼矢と間違えるか？　それに元カノだとしても、おかゆ持参で見舞いに行ったことなんかない。 　思い出せそうで思い出せないまま、涼矢の家へと戻る。 「どれ食べる？」 「どれって……アイス以外に何かあんの。」 「しじみの味噌汁。」 「アイスとの食い合わせ悪すぎだろ。」 「じゃあ、やめとくか。」 　いったんはレジ袋から取り出したそれを、再び中に戻す。 「自分のメシは買った？」 「おにぎり。食えそうなのあるなら食っていいぞ。」 　和樹はレジ袋ごと涼矢の前に持って行き、中が見えるように取っ手を広げた。 「おかゆもある。」 「うん。」 「梅干しだけど？」 「ああ、涼矢用だから。」 「俺のばっかり。」 「ばっかりってほどじゃないだろ。何なら食えるのかよく分かんなくてさ。でも、インスタントとレトルトだから、別に今すぐ食わなくてもいいし。」 「……おかゆ、食べる。」 「え？」 　涼矢は口角をきゅっと上げ、はにかむように笑った。 「梅干しの、わざわざ俺のために買ってきてくれたんだろ？」 「いや、わざわざっつか。別に無理しなくていいよ、アイスの口になってるだろ。」 「今はもうおかゆの口だよ。アイスも後で食うけど。」 「食うのかよ。」 「食う。全部食う。」 「……んじゃま、とりあえずおかゆだけ温めてくるわ。アイスは冷凍庫しまっとく。食うときにはまた持ってきてやっから。」 「なんか今日の和樹、めちゃくちゃ優しいな。」 「こんなときぐらいはね。」 「自業自得の二日酔いなのに。」 「だよな。だーから、ほどほどにしとけって言ったのに。」 「すみません。」 　涼矢は布団をぐいっと上げて、顔の半分を隠すようにする。和樹は涼矢に呆れるより、そんな仕草を少し可愛いなどと思ってしまう自分に呆れてしまう。 「じゃあ、おかゆ温めてくる。……あ、玉子入れる？」 「いや、いい。」 「おっけ。」 　階段を降りながら突然思い出した。 　海(かい)だ。海と話したんだ。相手が寝込んでるときぐらいは、好きなものなんでも作って食わせてやりたい、思いっきり優しくしてやりたい。そういうときのために、料理は作れるようになったほうがいい。涼矢は俺が参ってるときにはそれができるけど、俺はレトルトおかゆを買うぐらいしかしてやれない……。 　その通りになった。あのとき既にそんなことを考えていたのに、結局これだ。あのときから料理の練習を重ねていれば、もう少しまともなものが作れるようになったんじゃないか。「今」こそそれを実証するチャンスだったんじゃないか。 　和樹はため息交じりにレトルトの説明書きを見る。袋のまま湯煎するか、皿にあけて電子レンジで加熱するか。和樹は後者を選んだ。――俺が出来ることといったら、せいぜいこんなもんだ。